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斉 唱

数日前、リオ五輪に出場する日本選手団の結団式で、森元首相が


「選手諸君は、口を大きく開けて国歌を歌ってほしい。


 国歌を歌わない選手は日本代表ではない。」

と苦言を呈しました。

私は普段森氏の言動に関しては批判的ですが、これに関しては 「おぉ、よくぞ言ってくれた!」と高く評価します。

ただ選手の中には学校で君が代を教えてもらわなかった故に、
歌いたくても知らない選手もいるかもしれません。


現に、月刊『致知』8月号では、あるセミナーで国公立大学の学生に紙を配って〝君が代〟の歌詞を漢字とかな交じりで記した上で意味も書いてもらったところ、両方とも書けたのは僅か2割だったという大学教授の報告されていました。

やはり小・中学校の教育が大きく影響していると言わざるを得ません。
とすれば、その元凶は教育現場・・・更に言うなら日教組でしょう。

それを裏付けるかのような寄稿文が、同誌に掲載されていました。

反・日教組活動を続けてきた東京都学校経営支援センターの元アドバイザー・鷲野一之氏が明かす、異常な教育現場の実態を以下に一部編集にてご紹介します。


          ◆     ◆     ◆     ◆

平成12年3月、「子供たちが校長先生に土下座を要求する」 という新聞記事に、私は目を疑いました。

東京都国立市の公立N小学校での話です。

「私たちに相談なしに、校長先生は卒業式で国旗を掲げたのですか?」
子供たちはそう言って校長先生に詰め寄り、謝罪を求めたというのです。

前代未聞の出来事でした。

これが子供たちの本心でないことは明らか・・・後で知ったのですが、日教組の組合教員が子供たちとの交換日記を通し、赤ペンで思想的なコメントをするなど用意周到に洗脳教育をしてきた結果でした。
 


当時、私は定年後の嘱託として世田谷区の小学校に勤務していましたが、N小学校がある魔国立市への異動を何度も申し出て、遂に異例といえる他地域・国立市の、それもN小学校への赴任が決まりました。

さて、N小学校の実態を掴むまでにさして時間はかかりませんでした。

最初の職員会議でのことです。 翌日の入学式で国旗掲揚を阻止しようという組合教員の執拗な発言が続きました。

校長から国歌のピアノ演奏を求められた女性教師が 「やりたくありません」 と言い切る姿は、問題が浮上した1年前と何ら変わっていないことを物語っていました。

実際、入学式では壇上正面に卒業生の共同作品がデンと吊るされ、国旗は体育館横のギャラリーの手すりに肩をすぼめるように取り付けられていました。

社会の批判を避けるために体裁だけは整える姑息な手法です。

国歌斉唱が始まっても教員は殆ど席におらず、逆に式の直前まで校門前で反戦ビラを配っていた市議が平然と来賓席に着席しているのです。

私はこの入学式の様子を含め見たままを文章に認め、ある雑誌に投稿しました。

すると大きな反響がありました。 一方で組合教員や道徳教育廃止に同調するPTA役員などの反発は言葉にできないほどでしたが、事実なので揺るがしようがありません。

私は彼らに組合活動の間違いを説き、頑として譲りませんでした。

厳しい戦いはこのようにして始まったのです。

「翌春の卒業式は、何としても壇上に国旗を掲揚し、名誉を挽回したい。」

それは校長の切なる願いであり、私も何とかそれを叶えたいと思いました。

しかしこれを知らされた組合教員は猛反発、聞き入れる気配は全くありません。 


式も近づき、苦渋の選択だったのでしょう。 なんと校長は、嘱託で音楽専科でもない私に国歌指導とピアノ伴奏を要請してきたのです。

事件から2年後、まさか自分が卒業式の国歌指導をするなど考えてもいませんでした。

もっとも、この指導は大失敗に終わりました。 にわか仕立ての練習では指がうまく動かないのです。

式の前日、幸いにも責任を感じた幹部教師が代わりの演奏を引き受けてくれて事なきを得ました。 予期しない出来事でした。

紆余曲折を経ながらも本番の卒業式は校長が指導権を発揮して、無事壇上に国旗を掲げ、国歌の斉唱も終えられたのは、私にとって何よりの喜びでした。

                     

孤軍奮闘の中、心ある3名の保守系都議会議員が教育正常化に尽力し、強い味方になってくださったことも忘れられません。

日教組と私の戦いはその後も続きます。

継ぎに赴任した国立市のG小学校、嘱託期限終了後に都立学校経営アドバイザーとして勤務したN養護学校は共に日教組の巣窟で、常軌を逸した性教育が行われていました。

人格を破壊する最も手っ取り早い方法は、性から入ること。

子供たちに備えられた性の本能的知識は刺激的・衝動的教育を受けて潜在意識に刷り込まれ、それは確実に心身を蝕みます。

神聖なる性を弄び安易な性行為を助長することは、まさに性教育の本質から外れ人格破壊の最も早道であることを、私は現場にいて強く確信しました。


ここでも関係機関に性教育の実態を訴え、悪しき流れに歯止めをかけようと頑張ってきましたが、学校という密室でこのような教育が平然と行われていることに早く気づき、正しい人格教育を施さねばなりません。

日教組の組織率は低下したと言われます。 しかし富士山に降った雪は麓の清水も日本中に降った赤い雪は深く地中に染み入り、赤い湧き水となって噴き
出します。
それが潜在意識となってしまっています。

教育改革では追いつかないほど問題は深刻ですが、現場はそれに気づいていません。

私が考える日教組教育の一番の問題・・・それは、〝畏れ〟を知らないことです。

彼らは神仏を否定し、魂を否定し、皇室を否定し、先祖への尊敬の念をも否定し続けました。
代わりに物差しとしたのが唯物論に根差し、人間の本質を欠いた人権・平和・平等なのです。

そういう教育を蔓延らせていいのでしょうか?

戦後教育界が混乱・迷走したのは、教育界が社会革命・共産革命に利用されたことに国民が気づいていないことが、一番の問題です。


          ◆     ◆     ◆     ◆


鷲野氏が指摘するとんでもない性教育とは、どんなものか?

その酷い実態に関しては、あまりに事例が多過ぎるので拙ブログでは取り上げません。

ネットで〝日教組 性教育〟で検索いただき、直接確かめてください。
おそらく皆さん、目を疑うと思います。

また先月拙ブログで記事にしましたが、沖縄には教科書に印刷された 『君が代』 を消して 『反オスプレイの歌』 を子供たちに教え込む教師も・・・こういうトンデモ教師が、全国の教壇に立っているのです。


皆さんのお子さんが通う学校で、どんな教育が為されているのか? 

手遅れにならないうちに、是非確認してください。

受験科目でない、保健体育も含めて・・・。うー皆さんは、〝君が代〟の歌詞を書けますか?

『国旗及び国歌に関する法律』・別記第二に記されてる歌詞は、こうです。

 君が代は 千代に八千代に さざれ石の 

                  いわおとなりて こけのむすまで

漢字で書くと、さざれ石は〝細石〟、いわおとなりては〝巌となりて〟。

「えっ、〝岩音鳴りて〟じゃないの?」 なんて驚いた方、
いませんょネ?あせあせ

※『君が代』の発祥に関する過去記事は、こちら。
  最後に素晴らしい歌声もお聴きいただけます。(↓)

 http://ameblo.jp/warmheart2003/entry-11990602302.html









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