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売 魂

今から22年前の今日・1994(平成6)年6月30日に、日本政治の大きな転換点となる内閣が船出しました。 それは


 村山内閣


同年4月28日に細川内閣を引き継ぐ形で船出した羽田内閣は、自民・共産を除く政党の連立内閣でしたが、発足直後当時新生党の代表幹事だった〝壊し屋〟小沢一郎氏の主導で身勝手な動きがあったことに反発した社会党が離脱。

これにより一気に衆院で少数派となった同内閣は、在任期間僅か64日という日本国憲法下における史上最短記録で総辞職。

これに替わって登場したのが、自民・社会・さきかげの連立・・・いわゆる〝自・社・さ政権〟でした。

主犯 ジャナカッタ 首班に指名され第81代内閣総理大臣となったのが、社会党委員長だった村山富市氏。


        

私が冒頭、大きな転換点と申し上げたのは、ひとつには所謂戦後55年体制下で続いていた保革対立に終止符を打つ連立内閣となったこと。

しかしそれ以上に驚いたのは、村山首相と社会党の豹変ぶり。

翌月に召集された国会の所信表明演説で、彼はそれまで社会党の基本方針であった〝自衛隊違憲・安保反対・原発反対〟を180度転換し、〝自衛隊合憲・安保堅持・原発容認〟を明言したのです。

しかもこの重大な政策変更について社会党内ではコンセンサスが得られておらず、党員にとっては寝耳に水。

本来なら猛反発があって然るべきなのですが、翌月の党大会では何とこの大転換を追認したのです。

イデオロギーよりも与党・総理の権力が優先・・・言ってみれば悪魔に魂を売ったが如きもの。

私は、この時に (あっ、社会党はこれで終わったナ。) とほくそ笑んだものですが。

そして予想通り、それまで与党に反対ばかりしていた野党が実権を握っても、ろくなことはなし。

内閣発足約半年後の1995年1月には阪神淡路大震災が起き、官邸(村山総理)の杜撰な対応で自衛隊の投入が遅れ犠牲者をいたずらに増やしたのは、皆さんもご存じの通り。

その後国会でこの点について追及された際、「なにぶん初めてのことですので・・・」とトボけた答弁をして国民を呆れさせました。

更に震災の2ヶ月後にはオウム真理教のテロ・『地下鉄サリン事件』が起き、同年8月には内閣改造直後に今でも外交の足かせとなっている 『村山談話』 を発表。

そして翌1996年の正月早々、確たる理由もなく政権を投げ出す形で退陣。

在職期間は562日でした。

この内閣の存在意義は何だったのか? と考えた時、個人的には社会党(次の橋本内閣発足後に社民党に改称)の凋落を招いた・・・というか、自滅させたことくらいでしょうか。

余談ですが、この村山内閣誕生の際、彼に総理を打診し後に副総理の座に収まったのが、当時自民党総裁だった河野洋平氏。

いわゆる 『河野談話』 を出した彼、村山氏共々政界引退後もマスメディアの前に顔を出し政府の足を引っ張っているのは、皮肉と言うか腹立たしい限り。

         

このワースト・コンビが舵取りをした村山内閣は、間違いなく戦後最悪・最低の内閣だったと言って良いでしょう。

それから13年後に宇宙人内閣が誕生するまでは。うー


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