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快 挙

ル・マン(Le Mans )市・・・フランス中部に位置する人口15万人弱のサルト県々都。


ここの一般道を利用した全長約13kmの〝サルト・サーキット〟を使って行われる年に1度のカーレースこそ、FI・モナコ・グランプリやアメリカ・インディ500と並び〝世界三大レース〟といわれる


 ル・マン24時間耐久レース


93年前の1923年から始まった由緒あるこの大会で、マツダが日本勢悲願の初優勝を成し遂げたのが、今から25年前の今日・1991(平成3)年6月23日のことでした。扇子


1970年代から他の日本メーカーに先駆けてル・マンに参戦していた同社が、マツダ757、767に改良を加えた末開発した787(※777は、日本語で言いにくいため飛ばしたとか)を同大会に持ち込んだのは、1990年。

しかしこの時は殆どぶっつけ本番だったこともあり、途中リタイア。

捲土重来を期して更に直線よりコーナリング・スピード重視の改造を施し、翌年コースに送り込んだのが〝787B〟でした。


       

レナウンの社長の指示でド派手なペインティングを施されたマツダ787B・55号車は、フォルカー・バイドラー、ジョニー・ハーバート、ベルトラン・ガショーという3人のドライバーが交代でハンドルを握り、レース終盤まで首位を走っていたメルセデス・ベンツのリタイアという幸運にも恵まれ、見事逆転優勝。

(※同じマツダ787Bの18号車が6位、56号車も8位にランク・イン)

最後に長時間ハンドルを握ったハーバードがゴール後に脱水症状を引き起こし、表彰台に上がれなかったという程の過酷なレースを制した、日本勢初、ロータリーエンジン(※レシプロ以外のエンジンとしても)初、おまけにカーボンブレーキ装着車として初の総合優勝という、初もの尽くしの快挙でした。

レース後、チームのスーパーバイザーを務めたベルギー出身の名ドライバー、ジャッキハー・イクスにマツダ社がボーナスの支払いを申し出たところ、

「私はマツダを優勝させるために契約したのだから、優勝したからといってボーナスを貰う理由はない。」

と固辞したとか。 実にカッコいいじゃありませんか!笑2


       
        左2人目から右に F ・バイドラー B ・ガショー J・イクス J ・ハーバート


この当時、私はマツダ社のディーラーを担当しており、レース後は大変な盛り上がりだったことを憶えています。

ただ、それが即新車販売のアップに繋がったかどうかは疑問ですが。あせあせ

そして日本がオリンピックや世界選手権で優勝するとルールを変えるスポーツ界と同様、主催者側が翌年レギュレーションを変更しロータリーエンジンの搭載を禁止。

それにもメゲず、マツダは1992年の大会もレシプロ・エンジンで参戦し見事4位に入りましたが、翌年には会社の業績不振により撤退。

その1993年から、再びロータリー・エンジンの搭載が認められたというのですから、これは日本イジメと捉えられても仕方ないでしょう。うー


その後一旦は撤退した日本車ワークスも、最近ではトヨタ・日産、そしてプライベート・チームが参戦していますが、未だ優勝台に立てないまま。

つい数日前に開催された今年の大会では、トップを快走していたトヨタがレース終了3分前にマシン・トラブルを起こし、ほぼ手中にしていた優勝を逃してしまいました。

来年は是非リベンジしてもらいたいものですし、ここ数年デミオやロードスターの販売が好調で業績が回復したマツダにも、再びチャレンジして欲しいところです。

そんな期待をかけつつ、東日本大震災の被害者救済のためマツダが地元中・高校生10名をコースに招待し、2011年の大会直前に787Bをコースに持ち込んでJ・ハーバートがデモンストレーション走行をした車載カメラ映像をお楽しみください。




※ちなみに、優勝車は毎年このコースを350周前後(マツダ車は362周)しているそうです。


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