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因 果

今から35年前の今日・1981(昭和56)年6月17日・・・東京の江東区森下の商店街で凄惨な悲劇が起きました。 それは、

 深川通り魔殺人事件

実はこれ、私にとっては今でも忘れられない出来事なのです。

その理由のひとつは、事件の起きたのは私が就職した年であり、入社研修が終わって営業現場に配属された直後で、しかも営業担当地域が事件現場とさして遠くなかったこと。

そしてもうひとつは、その数年後に担当した取引先に、この事件の現場指揮をした元刑事の方がいらっしゃって、当時の生々しい話を聞いたから。

そして、3つ目の理由は・・・これは後述します。

犯人のKは1952(昭和27)年の茨城県鹿島郡生まれ。

中学卒業後、集団就職で上京し寿司屋の見習いとして働き出すも同僚とうまく行かずすぐに辞め、その後寿司屋を転々とするも長続きせず。

20歳前に飲酒・暴行傷害事件を起こして2年間服役。

出所後もまた暴行・恐喝で10ヶ月の懲役、更にその後も誘拐と自動車の人身事故で2度服役し事件前年に出所していた、いわゆる〝札付きのワル〟。

出所後また寿司屋に就職するもすぐクビになり、その後も面接で断られるなどした29歳のKは自暴自棄に・・・そして事件当日、彼は柳刃包丁を手に下半身裸のまま自宅を飛び出します。

同日午前11時半過ぎ、商店街でたまたま行き会った3歳と1歳の子供を連れた主婦を刺殺。

更に通りかかった大人3人に次々と斬りつけて1人を殺害すると、通行人の女性を中華料理店に引き込み、同店の従業員らを人質に立てこもりました。

従業員らは逃げられたものの、Kは女性を連れて2階に籠城。

しかしその女性も隙を見て逃亡・・・結局同日午後7時頃に警察が突入し、犯人は逮捕されました。

当時は現在と違い犯人の顔などを隠すことはしなかったため、(自殺防止の)猿ぐつわを噛まされ、(刑事が商店街から買ってきて履かせた)パンツ1枚で手錠をかけられたKの映像がニュースで流されたことも、印象深い出来事でした。

         

※余談ですが、『笑点』 大喜利レギュラーの三遊亭小遊三師匠が自らを犯罪人扱いをするネタ元は、師匠がこのKと顔が似ていたことからだそうですが・・・似てますか?

Kはかねてより覚醒剤を常用しており、本人は否定していたものの尿検査で陽性反応が。

当時は覚醒剤乱用が社会問題化しており、この事件はその中毒患者が引き起こした象徴的な事件として注目されました。

公判では、「電波がひどくて・・・」 とか 「殺せという声が聞こえた」 などと証言。


1982年に東京地裁が出した判決でも心神耗弱状態だったことは認めたものの、刑事責任を問えるとして無期懲役の判決が。

さて。冒頭私がこの事件を忘れられないと申し上げた3つ目の理由ですが・・・それは、この事件の背景にゾッとする因縁があったから。

実はKの祖父はかつて刺殺されていたのですが、その犯人がこの通り魔事件で最初に犠牲になった主婦の祖父だったのです。

〝因果応報〟という言葉がありますが、私にはどうしても偶然とは思えません。

それから、もうひとつ。

Kが収監されてから既に34年が経過していますが、現行法上では無期懲役の懲役囚は収監後30年が経過すると仮釈放の審理が行われます。

もしその審理で仮釈放が認められれば、4人を殺した現在64歳のKは娑婆に出られる、ということ。

いや、もしかしたら既に釈放され、あなたの住む街で暮らしているかもしれないのです。うー




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