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達 観

学生時代、日本史あるいは古文の授業でこの方の名を聞いた記憶のある方は多いはず。

今日は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて生きた歌人・随筆家


 鴨 長明

の命日・没後800周年にあたります。


        

長明は1155(久寿2)年に京都・加茂御祖神社の禰宜・鴨長茂の次男として生まれました。


神社は高松院ら朝廷の庇護を受けて広大な社領を有しており、長明も僅か7歳にして従五位下に叙爵された程の力がありました。

しかし1172年に父が亡くなった後は、禰宜の後任を遠戚の鴨祐兼と争った末に敗れ、仕方なく歌人として身を立てることに。

それでも 『月詣和歌集』 や 『千載和歌集』 に入選するなどの実績を上げ、46歳の時には和歌所寄人に任命されました。


しかしその後河合社の禰宜職に空きができたことからそのポストを狙いますが、またしても長男・祐頼を推す祐兼に邪魔されて願いは叶わず。

失意の中出家した長明は、将軍・源実朝の和歌の師となるべく鎌倉入りしましたが、それも果たせず帰洛。


1216(建保4)年6月10日に、61歳でこの世を去りました。

さて、長明の代表作といえば、何といっても 『徒然草』・『枕草子』 と合わせ〝日本三大随筆〟に数えられる

  『方丈記』 (現代語訳付 角川ソフィア文庫・刊)




        

学生時代、日本史の試験対策で〝イチニ・イチニの方丈記〟と語呂で記憶した通り、1212(建暦2)年の作といわれているこの随筆は、長明が46歳頃に京都郊外の日野山に建てた1丈四方の手狭な庵に暮らしていたことから名づけられたもの。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて
久しくとどまる例(ためし)なし。」

の書き出しで始まるこの随筆は、隠居同然のつつましやかな生活をしていた長明の目から見た飢饉や大火・地震などの天災の様子、また自身の日々の生活を漢字とカナの混ざった和漢混淆(こんこう)文で綴られています。


これを読むと、つくづく歴史は繰り返されるというか、文明は進化しても人々の心持ちはあまり変わっていないことを実感します。

欲がない生活も味気ないですが、足るを知ることも大事・・・要はそのバランスを自分の中でいかに取るかが大切なようですネ。

人生は、長明のようになかなか思ったようには行かぬもの。
その中でどう生きるべきか? 『方丈記』はそのヒントをくれるかもしれません。

久々に読み返しつつ、稀代の随筆家の冥福を祈りたいと思います。笑3




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