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急 襲

日本有数の温泉地帯として有名な、長崎県・雲仙。 
〝三峰五岳〟で構成される雲仙岳のなかのひとつ、

 普 賢 岳


で大火砕流が発生し、昨年の御嶽山噴火が起きるまでは戦後最悪の山岳事故が起きたのが、今から四半世紀・25年前の今日でした。

元々雲仙岳は活火山でしたが、ここで活発な火山活動が始まったのは1990(平成2)年・秋頃のことでした。


一時小康状態となったものの、翌年2月から数度の噴火を繰り返し、現地では緊張感が高まりました。


当時の報道で、私は初めて〝溶岩ドーム〟とか、〝土石流〟・〝火砕流〟という単語を知ったのですが・・・具体的にそれがどういうものかが分からぬまま、

(そのうち火山活動も収まるんだろう・・・。)

と、ニュースを観ながら他人事のように思っていました。


ところが、1991(平成3)年6月3日午後4時過ぎに発生した大火砕流は、そんな安易な予測を覆す、想像を絶する凄じいものでした。


あっという間に空一面を覆い尽くすかのような噴煙と轟音、そしてTVカメラの前で 「逃げろ、逃げろ!」 と真っ青になって叫ぶマスコミ関係者や警察・消防関係者たち・・・。


ニュースでその映像を見た時、「これは本当に日本で起こったのか?」 と衝撃を受けました。  


          

それまでは、ハワイ・キラウエア火山のゆっくり流れる溶岩の映像くらいしか見たことがなかっただけに、時速100kmで斜面を土砂が下ってくるという〝火砕流〟の凄まじさや、また一夜明けて上空からヘリコプターで撮影された、土砂で一面を覆いつくされ灰色一色になった現地の模様は、今も鮮烈な記憶として残っています。


この火砕流により、逃げ遅れた報道・警察・消防関係者ら43名 (内行方不明者3名) もの尊い命が奪われました。


ニュース番組で、度々現地リポーターとして画面に登場していた記者が亡くなった・・・と伝えるキャスターの、引き攣った表情も忘れられません

昨年の御嶽山の噴火の際にも、予知が出来なかったのか? とか、人災だと仰る方がいましたが、私はこの普賢岳共々完全な天災だと思っています。

科学技術がいかに進歩しようとも、地球の自転やマグマ発動を調整できるレベルに達しない限り、完全な予知や防災など人間の力では出来ないはず。

それはこの大火砕流に世界的に著名な火山学者だったクラフト夫妻が含まれていることでも分かります。

所詮人間は大自然の前には殆ど無力・・・謙虚にならざるを得ません。

そして東日本大震災や御嶽山噴火を含め、我々人間が被害を最小限に留める方策は過去の歴史を忘れない事だと思うのです。

そしてそれを次世代に語り継ぎ、引き継がせることではないでしょうか?

東日本大震災で甚大な被害を被った東北・三陸地方では、過去に何度も大きな津波被害に見舞われてきました。

中には「ここより下に家を建てるな」という石碑がありながら、やがてはそこに集落を作ってしまった被災地もありました。

もし先人の警告を守っていれば、被害を少なくできたはず。

また御嶽山噴火の際に登山していた人々の内、果たして何割が7年前に噴火したことを知っていたのでしょうか?


御嶽山噴火後、火山学者が記者に災害に遭わない方法は? と聞かれて「火山には近づかない事だ」と答えていましたが、私はその通りだと思います。

火山はもちろん、温泉地でも有毒ガスの被害に遭い可能性がある・・・つまり火山・地震大国の日本に暮らす以上、そういうリスクがあることを私たちは常に意識すべきでしょう。

『天災は 忘れた頃に やってくる』

そんな教訓を、犠牲者の冥福をお祈りし普賢岳大火砕流の映像を観ながら、あらためて胸に刻みたいと思います。(



                
        
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