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不可解

男体山の噴火によって堰き止められてできた中禅寺湖の唯一の流出口・大谷川にある、落差97mの


 華厳の滝


30年前に滝口の一部が崩落し景観が変わってしまいましたが、現在でも栃木県・日光の観光名所として、外国人を含め多くの観光客が訪れています。

         

そしてここは観光の他に心霊スポット、また(かつては)自殺の名所として知られていますが、その端緒となったのが、今から113年前の今日・1903(明治19)年5月22日に藤村 操(みさお)という青年が投身自殺をしたことがキッカケでした。 


彼は1886(明治19)年に北海道で生まれたましたが、一族は父親が屯田銀行頭取、叔父は歴史学者、そして弟は後に三菱地所の社長になった秀才揃い。


本人も13歳の時に父親が亡くなった後に上京し、開成中学から第一高等学校に入学した秀才でした。

しかしその一高の1年生の時、彼は 『巌頭之感』 という遺書を滝近くの木に書き残して、滝壺に飛び込んでしまったのです。

            

父親を早くに亡くしたため家族を背負って生きなければならず、また自分に対する周囲の期待が重くのしかかり、反面自由に生きたい、いう欲求との葛藤に悩み続けた末の哲学的な自殺だった・・・というのが通説ですが、失恋説もあります。

確かに、『巌頭之感』 は到底16歳の若者が書いたとは思えぬハイレベルな文章であり、私には理解できない代物ですが、文中に〝不可解〟と記した彼の悩みの深さというか一途さは感じ取ることはできます。

そして彼の投身自殺は、立身出世を是とする当時の社会に大きな影響を与えました。

発売したばかりの哲学書の宣伝のため、出版社が彼の叔父に〝哲学的に悩み厭世観を持った青年が死を選んだ〟という内容の追悼文を書かせたそうですが、他にも多くの知識人がこの自殺に関して言及。

それらに感化された若者が次々と後追いを試み、現地で警察に引き留められた人もいたものの、彼の死後2か月間で15人、4年間で180名以上が自殺したそうな。

しかし、私は自殺という選択は絶対に止めて欲しい、と強く思います。

確かに本人にとっては深く悩み苦しんだ末の決断でしょうし、死ぬことによってその苦しみからは解放されるでしょう。

でも残された家族や友人が受けたショックは、簡単に癒えません。

私は今までに何回か自殺された方の葬儀のお手伝いをさせていただき、ご遺族の苦しみ・悲しみを目の当たりにしていますから、よく分かります。

自殺とは、究極の自己中心的な行動だと言えます。

もし家族や友人を愛しているなら、彼らを未来永劫苦しめるような選択はしないで欲しいのです。

それにしても、華厳の滝では今でも彼の写真や 『巌頭之感』 を印刷したお土産品が売れらているとか。

商魂逞しいというか、何というか・・・。うー



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