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おしどり
今日は、日本映画界を代表する俳優のお一人、

 長門 裕之 さん

の命日・・・早いもので、没後5周年にあたります。


長門(本名 : 加藤 晃夫)さんは、1934(昭和9)年に京都市で生まれました。

父親が戦前の映画スター・沢村国太郎、母親も女優のマキノ智子。

弟が俳優・津川雅彦、叔父も俳優の加藤大介、叔母が女優・沢村貞子、更に祖父は〝日本映画の父〟と謳われた映画監督・牧野省三という、まさに芸能一家に生まれた長門さん。

銀幕デビューは僅か6歳の時に子役として出演した 『続清水港』(1940年公開)。

立命館大学を中退して日活入りした彼は、『太陽の季節』の主役を務め、デビューしたばかりの石原裕次郎さんと共演するなど活躍。

しかしその後は、弟の津川雅彦さんらに人気を奪われがちに。

私自身、正直なところコレといって長門さんの印象が強く残る作品が浮かんできません。

ただ逆に言えば、それくらい出演した映画やドラマが多かった、とも言えますが。

むしろ記憶に残っているのは、スキャンダルと私生活の方。あせあせ


         

ひとつは30年程前に長門さんが出版した 『洋子へ』 という暴露本。

熱烈な猛アタックでハートを射止め結婚した女優・南田洋子さんに捧げる形で書き下ろされたこの本は、長門さんの女性遍歴を実名で告白したもの。

当然名指された女性は猛反発。
結局長門さんは初版を回収し、改訂版を出した上で新聞に謝罪広告を出す羽目に。

結局これが響いて、南田さん共々芸能界から長期にわたり干されてしまいます。

そしてもうひとつは、その南田さんの認知症。
だんだん衰えていく妻を、老々介護で支える長門さんの姿をテレビのデキュメンタリー番組で観た事でした。

一部には金儲けのためだという批判もあったようですが、私は敢えて実態を曝け出したことはこれからの高齢化社会を予見させ、介護が他人事でないことを多くの国民に〝認知〟させた意義は大きかった、と評価します。

仕事柄、奥さんに先立たれたご主人が急に萎れてしまう話をよく聞きますが・・・症状が悪化した愛妻の南田さんが2009年10月に他界すると、その僅か1年半後の2011年5月21日、長門さんも後を追うように肺炎の合併症により77年の生涯に幕を下ろしました。

おしどり夫婦として有名だった長門・南田夫妻の愛情に、ウソはなかった・・・介護の様子や最期の迎え方から、私はそう信じます。


きっとあの世でも、お二人は仲睦まじく暮らしていることでしょう。

あらためてご両人のご冥福をお祈りしたいと思います。笑3

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