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読書家

今日は、中高年の方には懐かしい俳優・タレント、


 児玉 清 さん

の命日・・・早いもので、没後5周年になります。

児玉(本名:北川)清さんは、1934(昭和9)年に現在の東京都北区滝野川で生まれました。

都立工芸高等学校から学習院大学文学部に進学した彼は、演劇部に入部。

当初は裏方の道具係だったそうですが、当時としては長身(179cm)だったため無理やり舞台に上げさせられたとのこと。

そんな彼に目をつけてフランス語劇の主役に抜擢したのが、児玉さんの1年先輩で後に学習院大学教授の肩書でクイズダービーの名物回答者としてお茶の間の人気を博した、篠沢秀夫氏だったとか。

しかし児玉さん自身は元々学者志向で大学院進学を目指していたそうですが、何と卒業式当時に母親が亡くなってしまい、就職せざるを得なくなってしまいます。

とは言え就活など全くしていなかったので当てはなし・・・仕方なく、友人が勝手に応募した東宝のニューフェイスの面接試験に臨みます。

当日は水着審査があったのですが彼はそれを知らず、なんと下着のパンツ姿で審査員の前に出るという暴挙(?)に。 

しかし当意即妙の受け答えが審査員の目に留まり、見事合格。


とは言え、当分エキストラとして通行人役などをこなす毎日。

黒澤監督の 『悪い奴ほどよく眠る』 (1960年公開) に出演した時は、目立とうとしてオーバーな演技や余分なフレーム・インを繰り返し御大を激怒させ、現場では相当苛められたとか。

(但し黒澤監督自身は、「あの血気盛んさを10年続ければものになる」 と評価していたそうな。)

1964年に東宝の女優・北川町子さんと結婚。

その3年後にフリーとなり、テレビドラマの世界に進出し、水前寺清子さん主演の 『ありがとう』 (1970~75年)に出演。

このドラマの放送時間帯は銭湯に人がいなくなる、と言われるほど大ヒットしたことで、児玉さんの顔も全国区に。

おそらく私自身も児玉さんを知ったのは、この番組だったと思います。


しかし児玉さんといえば、やはりこの番組に止めを刺すでしょう。

それは、『ありがとう』 シリーズが終了した1975年4月から始まったクイズ番組 『パネルクイズ アタック25』 の司会。


           

2011年まで36年間の放映で、休んだのは虫垂炎による入院で2回だけ・・・総出演回数は1,973回に上ったといいますから、まさにライフワークと言って良いでしょう。

私より若い方だと、児玉さん=司会者だと思っている方が殆どかもしれません。

問題に正解すると、「正解」ではなく、「結構」 とか 「その通り!」 と言うのが児玉さんのスタイルでしたが、これを博多華丸さんが物真似をするようになって、若年層に児玉さんの名が知られるようになった感も。

しかしお嬢さんの命を36歳で奪ったのと同じ胃癌を発症し、2011年5月16日・・・77歳でこの世を去りました。


児玉さんが稀代の読書家であったことを私が知ったのは、訃報を聞いた時の事。

洋書を原書で読み、また1万冊を超えるという蔵書の重みで家が傾いたと聞いてビックリ。

新聞に書評を連載し、更には文学賞の審査委員も務めていたそうですから、もう文藝評論家と言っても過言ではないでしょう。

なるほど言われてみれば、単なるタレントという域を出た教養を感じさせる司会ぶりだったことも頷けます。


それではあらためてご冥福をお祈りしつつ、博多華丸さんと共に天国に声をかけようではありませんか。

 「アタック・チャンス!」 笑2




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