FC2ブログ
商 人

〝しょうにん〟ではなく、〝あきんど〟。

このイメージに最も当てはまる日本人経営者・・・私はこの方だと思います。


 藤 田 田  


皆さんもご存じの通り、日本マクドナルドの初代社長としてハンバーガーを日本に普及させた功労者ですネ。

(とは言え、私は個人的に日本人に歩き食いの習慣を定着させてしまった負の部分もあると思っていますが・・・。)


今日は、このファーストフード産業の大立者の命日・十三回忌にあたります。


          

藤田氏は1926(大正15)年、大阪市淀川区に生まれました。


田(でん)という珍しい名前をつけたのは、クリスチャンだった母親。

「口で十字架のメッセージを伝えられるように」 という願いが込められているとか。


その思いを知ってか知らずか・・・藤田氏は東京大学法学部に進学、通訳のアルバイトを通じたユダヤ系米兵との交流からビジネスに目覚め、在学中に輸入雑貨を扱う 『藤田商店』 を設立。


まさに学生ベンチャーのハシリといえましょう。


そして 『日本マクドナルド』 を設立したのがそれから21年後の1971(昭和46)年。


後に社長になって〝天皇〟ともいわれた当時の三越銀座支店長・岡田茂氏と交渉の末に同店1階に第1号店を出店して大成功を収め、それから僅か10年余りで同社を外食産業売上高国内トップの座に引き上げます。


英語では「マッダナ」 と発音する〝McDonald's 〟を、「マクドナルド」 という日本人に発音しやすいカタカナに変換するアイデアを出し、アメリカ本社の反対を押し切って採用したのも彼自身でした。


藤田氏は、毎週土・日になると日本全国どこかのマクドナルドの店に顔を出してハンバーガーを食べながら、お客さんの反応を自分の目で確かめたといいます。


またそれが慣例化して従業員に面が割れると、今度は競合店に顔を出して根掘り葉掘り聞いたとか・・・。あせあせ


そしてマクドナルドだけにとどまらず、1989年には 『日本トイザらス』 を設立するなど、常に事業拡張を目指す貪欲さはさすが。


そんな藤田氏には数多くの著書がありますが、私のお気に入りはこの一冊。


         ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-勝てば官軍

題名からしてストレートですが、中身はもっと辛辣。


 ◆ 「女」 と 「口」 を狙え

 ◆ 金に 「きれい」 「汚い」 はない


等々、20年以上前に上梓されたにもかかわらず、今でも十分通用する〝商売の基本〟が、藤田氏独自のポリシーに則して説かれています。


そして、いかにもユダヤ商法を標榜する藤田氏らしい台詞も。


 ◆ 金銭感覚は子供の時から養うべし


この章で、氏は


フリーターとは昔の無職、遊民である。 なのにそれがれっきとした職業であるように思い込んでいるのは、若者が小さい時から過保護で、「一銭を笑うものは一銭に泣く」 というシビアな金銭感覚を誰からも教えられていないことの表れなのだ 』


と述べています。 


学校の教師や親に、じっくりと噛みしめてもらいたい言葉です。

創業から40年以上を経過した日本マクドナルド社は、異物混入事件続発以来、業績低下に喘ぎ迷走を続けています。

もし藤田氏が存命だったら、果たしてどんな挽回策を打つのでしょう?

いや、常に現場を視察していた彼が社長だったら、こんな事態には陥らなかったでしょうけど。

そんなことを考えつつ、
2004年4月21日に心不全により78歳でこの世を去った〝カリスマ商人〟のご冥福をお祈り致します。笑3


スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック