FC2ブログ
幹 線

昨夜、観測史上初めてという震度7の激震に見舞われた熊本。

住民の方々はさぞ不安な一夜を過ごされたことでしょう。

地上波テレビ局は昨夜から朝にかけて現地の様子を繰り返し報じています。

在京の私はただ画面を観ながら心配するしかありませんが、不幸にして亡くなられた犠牲者のご冥福と、倒壊した建物の下敷きになられている方の一刻も早い救出と被災地の復旧を、心よりご祈念申し上げます。

          ◆      ◆     ◆     ◆


さて、学校の授業で〝五街道〟って習った記憶、皆さんにもあると思います。

では、その5つの幹線道路をスラスラッと言える方・・・どれくらいいらっしゃるでしょう?

この〝五街道〟すなわち東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道の呼称を江戸幕府が正式に布達したのが、今からちょうど300年前の今日・1716(正徳6)年4月15日だったそうな。

この五街道の起源は、1601(慶長6)年に徳川家康が全国支配のため江戸を起点とする5つの街道整備を命じた事。

3年後に日本橋を起点と定め、1里毎に一里塚を設けるなどして整備を進めました。以後1624年に東海道、1636年に日光街道(道中)、1646年に奥州街道(道中)、1694年に中山道(または中仙道)、そして甲州街道(道中)は間をおいて1772年に完成させました。

(※中山道は戦国時代に東山道と呼ばれた街道の中筋であったことから。 日光・奥州・甲州は海道でないため道中とも呼ばれました。)

それぞれのルートは、以下の通り。


   

当たり前ですが、現在の東名・中央・東北の各高速道路と大筋似たルートですネ。


そして江戸幕府は、この幹線道路整備に当たり、様々な制度も導入しました。

◆宿場制度


旅行者が休憩や食事をする施設を提供するもの。
大名が参勤交代などで使用したのが本陣・脇本陣、民間人は旅籠・木賃宿を利用しました。

本陣は宿場きっての由緒・家格を持った有力者が任命され、世襲でその職につくことが原則。

◆伝馬制度


各宿場に一定数の伝馬を常備させ、将軍の朱印状や老中などの証文によって無賃で、旗本・大名は格安料金で、そして民間人が利用する場合はその約2倍の料金で利用できた。


◆飛脚制度

幕府公用文書・書状を入れた御用箱を輸送する。
普通の旅で2週間近くかかった江戸~京都間を僅か3日で書状が届けられたそうな。


これまた現在の高速道のSAや道の駅、宅配便と制度の趣旨は同じもの。

田中角栄氏の提唱した 『日本列島改造論』 の江戸時代版ですネ。

政治においては、人と物流のスピードアップとコントロールが最重要課題なのは、今も昔も変わらないということでしょう。


弊社の事務所近くには中山道が通っているのですが、その街道名の標識を見るたび私はどうしても以前フジテレビの某女性アナが、旧中山道を 「いちにちじゅうやまみち」 と読んだ・・・という伝説を思い出してしまいます。

但しこれ、
事実ではないそうな。

実際は、某番組で彼女が他局アナのトチリ例を紹介する際、「いちにちじゅうやまみち」と書かれたフリップを持ちながら、

「正しくは〝きゅうちゅうさんどう〟ですょネ・・・えっ、違うの?」

と喋ったことが間違って伝説化してしまったもの。

彼女の名誉のために申し添えておきます・・・って、大して違わないか?うー




スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する