FC2ブログ
先 生

現在、我が国で最も知名度の高い整形外科医といえば、おそらく高須クリニック院長・高須克弥氏でしょう。

テレビCMをあれだけ流し、政治的な発言をしたり多額な義援金を寄付していますから当然といえば当然でしょうが、この高須クリニック・・・実は彼一人の力で現在の隆盛を築いたわけではありませんでした。

今日は高須院長の奥様であり、同医院の実質経営者であったといわれる、


 高須 シヅ


の命日・七回忌にあたります。


シヅ氏は1944年に愛知県で生まれました。
昭和大学医学部で、同じ愛知県出身の克弥氏とは同級生だったそう。


シヅ氏は成績優秀で、いつも克弥氏にノートを貸していたそうですが、その縁(?)で2人は大学卒業と同時に結婚。

彼女は昭和大学病院産婦人科勤務を経て、1974年に克弥氏と共に高須クリニックを創設。

当時まだ日本国内で認知されていなかった美容外科分野の先駆者として、二人三脚で同医院を成長させました。

「自分を楽しんでいますか? YES 高須クリニック!」


というあの有名なキャッチコピーも、シヅ氏のアイデアだったとか。

        

           高須ご夫妻 (※高須院長ブログより転載)


このご夫妻の凄いところは、お互いの身体を実験台にしたところ。

シヅ氏は、それまで有色人種には不可能とされていた肌の若返り施術〝ハードケミカルピール〟を、夫・克弥氏の顔を使って実験し、見事成功させたのです。

これ、名前だけ聞くとカッコ良さそうですが、劇薬で皮膚にわざと熱傷を作り再生させるという、恐ろしい方法。

もし失敗したら、顔に傷が残る・・・そんな施術に自らの顔を貸した克弥氏の勇気は称賛に値します。

私なら、女房の実験台になるなんて、考えられません。

しかし逆にシヅ氏もご主人の考案した施術の実験台になったといいますから、お互いに信頼し合っていたんでしょうネ。

というか、お互いを尊敬していたのかもしれません。

克弥氏が自らのブログで奥さんのことを〝シヅ先生〟と呼んでいるところからも、それが察せられます。


しかしその優秀な美容外科医であったシヅ氏を、病魔が襲います。

転移性のガンに侵されたシヅ氏は、治療の甲斐なく2010年3月29日に65歳で天に召されてしまいました。

〝戦友〟を失くした高須院長の失望は、いかばかりだったか・・・。

遺言でシヅ氏は


「香典もお花も全部引き受けて。 立派な葬儀をしてね。

地味にしちゃイヤよ。 葬儀はあなたへの評価でもあるんだからね。

それから、香典は全額日赤に寄附すること。」

とご主人に告げ、克弥氏はその通り実行したとか。

奥様を亡くされた後の高須院長のハジけぶりは、その深い悲しみを忘れるがためのように感じるのは、私だけでしょうか?

ご主人と医院を支え、3人の息子さんをいずれも医者に育て上げたシヅ先生のご冥福を、あらためてお祈り致します。笑3




スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック