FC2ブログ
海運王

今日は、一代で巨万の富を築き〝海運王〟といわれた

 アリストテレス・ソクラテス・オナシス

    Aristotle Socrates Onassis


の命日にあたります。


       


オナシスは1906年にオスマン帝国時代のスミルナ(現在のトルコ領イズミル)で生まれたギリシャ人。

超有名人の名を連ねた凄い名前ですが、たばこ商だった彼の父がソクラテス、叔父がアレキサンダーだったそうですから、おそらく有名人好きの家系だったのかも。

第一次世界大戦後の1922年に政情不安となったスミルナはトルコ領となり、ギリシャ系住民は弾圧され、叔父アレキサンダーは殺害され、父ソクラテスの投獄され全財産を失ったため、オナシスは命からがらギリシャに逃亡。

その後父親を賄賂などの手立てを講じて出獄させた後、彼は希望を求めて1923年にアルゼンチンに移住します。の命日にあたります。

私個人としては、というか多くの方は彼のビジネスよりも、華麗なる女性遍歴でその名を記憶されているのではないでしょうか。


父親譲りの商才を生まれ持ち、更に頭脳明晰でギリシャ語の他英語・ドイツ語、そして後年にはフランス語も操ったという語学力の持ち主だった彼は、たばこ商からスタートして葉巻や食肉の輸出で着実に成功の階段を登っていきます。

実は彼、このアルゼンチン時代に早くも女性のハートを射止める天性の素質を開花させています。



同地で知り合ったイタリア系女性オペラ歌手クラウディアに目を付けた彼は、メッセージ付きの花束を、彼女が 「一体、誰が・・・?」 と関心を持つまで贈り続け、彼女の好奇心が一杯になったところで正体を明かすという演出で彼女との交際に成功。

以後、彼は女性でもビジネスでも、この人心掌握術を駆使して成功を収めていきます。

ギリシャに戻った彼は第二次世界大戦後にだぶついた連合国軍の船舶を安値で買い取り海運業に進出。

1946年にはギリシャの海運王スタブロス・リバノスの娘アシーナと(政略?)結婚すると、1957年にはギリシャのフラッグシップ・キャリアとなるオーリンピック航空を設立するなど、順調に事業を拡大。

しかしその年に世界的オペラ歌手のマリア・カラスと知り合った彼は、1960年にアシーナと離婚。


        


しかし彼女とは交際9年に及ぶも結婚はせず。

1968年に結婚したのは、あのケネディ大統領の未亡人・ジャクリーンでした。

当時このニュースは大々的に報道され、小学生だった私も 「へぇ~!」 なんていっぱしに驚いたことを憶えています。

        


「私は一隻の船だけでは満足しない男だ。 

 なぜ、一冊の本だけで満足しなければいけない?」

という彼の語録がありますが、船や本を女性に置き換えてもよさそう・・・しかしジャクリーンとの結婚には愛がなかったと言われています。

事実2人は殆ど同居生活していませんでした。

この結婚によって、オナシスは名声を、ジャクリーンは金づるを得ただけ・・・と言えましょうか?

実際彼女は結婚後湯水のように金を使い、さすがのオナシスも離婚を考えたそうですが、その決断を下すことなく今から41年前の今日・1975年3月15日に気管支肺炎で69年の人生に幕を下ろしました。

巨万の富を築き華麗な女性遍歴を重ねた一方で、最初の妻・アシーナとの間に設けた長男アレクサンダーは自家用飛行機の墜落事故で、長女クリスティーナは薬物中毒により父親より先にこの世を去るという不幸に見舞われているオナシス。

彼の人生を振り返ると、人間は全てのものを手に入れることはできないものだ・・・と痛感します。

「私は情熱の男だ。 

 私の持つ残酷さ・狡さの全てを私の情熱が補ってくれている。」


と自負していた彼は、果たして己の人生に悔いは無かったのでしょうか?




スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック