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妙 訳

ベースボールを野球と訳したのは、誰でしょう?・・・そう問われたら、「正岡子規!」 と答える方が多いかもしれません。

昔は私もそう聞いていました・・・が、実は違うんです。

初めて〝野球〟という言葉が正式に文書として世に登場したのは、今から121年前の今日・1895(明治28)年2月22日に発刊された、『一高(※第一高等学校の略)野球部史』。

同書を執筆し、〝野球〟と翻訳したのは


ちゅうまん  かなえ  
 中 馬  庚 氏 (1870-1932)


という教育家でした。

鹿児島生まれの中馬氏は、1888(明治21)年に第一高等中学校に進学し、2塁手として活躍。

そして同校を卒業する際に前述の部史を発行することになり、その執筆を任されたのです。


その時に、ベースボールを何と訳すか、頭を悩ませることに。

当時はベースを直訳(?)して〝底球〟と呼んでいたそうですが、これでは発音が庭球と同じ。

そこで思案の末、“Ball in the field ” の直訳〝野原でやる球遊び〟から〝野球〟とすることを思いつき、それを部史に採用した・・・というわけ。

その他ショートストップを遊撃手と訳したのも、彼でした。

その2年後、東京帝大に進学した中馬氏は一般向け野球専門書『野球』を出版、その数年後から野球という単語が一般に使用されるようになり、現在に至っているというわけ。

その後教員の道に進み、校長を歴任した後62歳でこの世を去りましたが、この妙訳の功績を称えられ、1970(昭和45)年に野球殿堂入りを果たしています。


            


では、なぜ正岡子規の名が出たのか?

それは彼の弟子が著作の中で 「ベースボールを訳して『野球』としたのは子規が嚆矢(こうし)であった。」 と記しているから。

実際、彼は前述の野球史が出版される5,6年前、既に野球という言葉を使っていたようです。

しかしそれは、彼自身の幼名・升(のぼる)に因んで野球(のぼーる)という雅号として使ったもの。

つまりベースボールの訳語としてではなかったんです。

彼は中馬氏よりも早く第一高等中学校予科に入学し、捕手として活躍した野球好きですが、中馬氏とは入れ違いに卒業しています。

ただ正岡氏の名誉のために申し上げますと、野球こそ中馬氏に譲ったものの、その他現在でも一般的に使われている

 ◇ バッター    → 打 者

 ◇ ランナー    → 走 者 

 ◇ フォアボール → 四 球 

 ◇ ストレート    → 直 球

 

などは、正岡氏が生み出した訳語であり、それらの功績を以って正岡氏も2002年に野球殿堂入りしています。

これら野球草創期の話に興味のある方には、こちらの書籍をお勧めします。
 『〝野球〟の名付け親 中馬庚伝 

         (城井睦夫・著 ベースボールマガジン社・刊)

        


 20年近く前の本ですが、古き良き時代に触れることが出来ますョ。笑2


野球ファン、必読です。



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