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配 給

今日の話題は、中高年の方にとっては懐かしい・・・いや、戦前・戦中派の方にとっては忌まわしい記憶を呼び起こしてしまうかもしれません。

それは今から74年前の今日・1942(昭和17)年2月21日、東條内閣によって制定された

 食糧管理法

俗に〝食管法〟と呼ばれたこの法律は、既に日中戦争に突入していた我が国で米不足が慢性化しており、更に大東亜戦争に突入したことで食糧の生産・流通・消費に関し政府が介入・管理し安定を図る目的で立法化されたものでした。 (※施行は同年7月から)

しかし戦況の悪化により地方の若い農業従事者が徴兵に駆り出されたこともあり、米不足は深刻化。

砂糖・塩・味噌・醤油・肉・野菜・魚など殆どの食料品が配給制になり、戦争末期には米の代わりにイモや大麦が配給される状態に追い込まれました。

戦時中からもそうだったようですが、敗戦直後は国中が食糧不足。

僅かな配給ではとても家族の飢えを凌ぐことが出来ず、違法を承知で地方の農家で配給価格の10倍以上の値でヤミ米を買う人々で列車は超満員。

本来は取り締まるべき警察官も、見て見ぬふりをしていたとか。

         



私が子供の頃、小学校の給食でも残すことは許されませんでしたし、自宅でも茶碗に米粒ひとつ残すと叱られたのは、まさに教師や両親がこの辛い食糧難の時代を知っていたからこそだったのでしょう。


しかし見事に戦後復興を成し遂げ、今や食糧も国民に十分過ぎる程行き渡るようになった我が国ですが・・・この食管法は、いつまで存在していたと思いますか?

実は廃止されたのは1994年・・・なんと平成の時代まで残っていたんです。驚き顔

戦後復興を果たし食糧事情が良くなり、国民にパンやラーメン・パスタなどの麺類が広がって〝コメ余り〟状態になると、政府の米買い取り価格は逆ザヤ状態に。

更にコメ余りによって古米・古々米、更にはそれ以上に古い米までもが在庫化し、困った政府は減反政策という更に我が国農業の足腰を弱める政策を導入。

しかしコメ農家や農協票が欲しい自民党は、この法律を手つかずのまま野放し・・・この過保護政策を止めなかったことが、後に国際競争力の低下を招く一因になったといえましょう。


結局戦中・戦後同様ヤマ米すなわち〝自主流通米〟が出回るようになり、政府の統制は効かなくなり、更にはフィリピン・ピナツボ火山噴火による日照不足から記録的な冷夏に襲われた我が国は深刻な米不足に陥り、それまで米輸入を厳しくしていたコメ輸入を解禁。

大量輸入に伴い、美味しいタイ米の炊き方を紹介するテレビ番組を観た記憶のある方も多いことでしょう。

この流れを受けて、食管法は施行以来半世紀を過ぎてようやく廃止され、翌1995年には従来よ大幅に統制が緩和された『主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律 』・・・いわゆる新食糧管理法が施行されたのです。

農水省に限らずどこのお役所でも自らの強い立場を護るため規制をかけようとしますが、それは民間の活力を削ぎ、ひいては国際競争力の低下を招く・・・この食管法の推移は、まさにその好例といえましょう。



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