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白 髪


あなたが最も好きな歴史小説家は誰ですか?・・・と問われたら、多くの方はこの人の名を挙げることでしょう。


 司馬 遼太郎 


今日は、この白髪がトレードマークだった作家の命日・没後20周年にあたります。


司馬(本名:福田定一)氏は、関東大震災のあった1923年、大阪市に生まれました。


乳児脚気により3歳まで母親の実家に預けられていたそうですが、小学校に上がってからは悪ガキぶりを発揮し、意外にも勉強嫌いだったとか。


しかし中学時代に井伏鱒二の著作に感銘を受けてからは図書館通いするほどの読書好きとなり、大阪外国語大学卒業まであらゆる分野の書籍を乱読・・・これが将来作家となった司馬氏を大いに助けることとなります。


1943年、学徒出陣により兵庫県の戦車第十九連隊に配属、翌年満州戦車学校へ。


そこでの成績が良かったことで久留米に戻れたことが彼の命を救いましたが、同時にこの時の戦争体験から

「なぜこんな馬鹿な戦争をする国に生まれたのだろう? 
いつから日本人はこんな馬鹿になったのだろう?」

という疑問を持ったことが、作家活動の原点になったといわれています。


終戦後、2つの小さな新聞社勤務を経て1948年に産経新聞社・京都支局に入社。


同社での記者時代に湯川秀樹氏ら京都学派の学者をはじめ多くの人々との出会いがあったことも、後の大きな財産になりました。


30歳を過ぎたら小説を書こうと思っていた司馬氏は、1955年に、『名言随筆・サラリーマン』 を本名で発表。 

更に翌年の 『ペルシャの幻術師』 が海音寺潮五郎氏に絶賛され、講談倶楽部賞を受賞。


そして1960年、『梟の城』 で直木賞を受賞すると産経新聞社を退職、作家として独立します。


          ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-司馬遼太郎


〝司馬遷に遼(はるか)に及ばざる日本の者(その代表的名前・太郎)〟に由来する司馬遼太郎というペンネームで当初は推理小説も発表したものの、『竜馬がゆく』・『国盗り物語』 などを次々新聞紙上で連載し、1966年に菊池寛賞を受賞したあたりで、史小説家としての地位を確立。


1981年に日本芸術院会員、1991年に文化功労者、そして1993年に文化勲章を受賞。


1996年2月12日、腹部大動脈瘤破裂により72歳で生涯を閉じるまで、数多くの長編小説・エッセイを世に遺しました。


司馬氏の作品は、概ね主人公を好意的に捉え合理主義に信頼を置く作風ですが、一方で軍神と崇められていた乃木将軍の力量に疑問を投げかけるなど、独特の歴史感があります。


その〝司馬史観〟をどう見るかは皆さんの判断に委ねますが、その作品は従来の娯楽性が強い歴史小説とは次元の違う、本格的歴史資料と位置づけてよいのではないでしょうか。


それまで殆ど取り上げられることのなかった坂本龍馬を一躍幕末のスターにしたのも氏の作品がきっかけですし、NHK大河ドラマの原作としては(番組オリジナル作品を除いて)最も多い6作品が取り上げられていることも、その証左といえましょう。


その裏打ちとなっているのは、司馬氏の膨大な資料収集と調査能力


新聞記者出身らしく話し上手・聞き上手で〝座談の名手〟と呼ばれ、多くの人脈を持つだけでなく、ひとたび資料集めとなると軽トラックで古本屋街に乗りつけて、数千万円(!)単位で根こそぎ買い取ったとのこと。驚き顔


そしてそれらを読みこなす速さも超人的・・・友人と歓談していた時、その友人がコーヒー1杯飲む間に話をしながら文庫本1冊を読破する程だったといいます。


司馬氏の頭脳は、私のような凡人には考えられないような広大な宇宙が広がっていたんでしょうネ。


さて、皆さんが最も好きな氏の作品はなんでしょうか?


私は膨大な著作のごく一部しか読んでいませんが、その中では 『坂の上の雲』 かなァ。



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