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五臓六腑

・・・に沁み渡るのは、一汗かいた後に飲むビール。

一般的に内臓全般を指すこの言葉は、中国最古の医学書とされる『黄帝内経』で初めて記されたとされています。
さて、この五臓六腑とは具体的にどの臓器を指すか、ご存じでしょうか?

 五臓 ・・・ 心臓・肝臓・脾臓・肺臓・腎臓

 六腑 ・・・ 胆嚢・大腸・小腸・胃・膀胱・三焦(リンパ腺)

なのだそうです。

当然のことながら、人間の内臓はこれで全てではありません。

そのことに疑問を持って今から261年前の今日、我が国初の人体解剖を行ったのが、

 山脇東洋 (1706-1762)

という京都の医師でした。


        


東洋は、元々医師であった清水玄安の子として生まれましたが、幼少時から周囲が驚くほど利発でだったそうで、父親の死去後も医学の勉学に励んだとか。

20歳の時に父の師であった京都の医官・山脇玄修の眼に留まり同家の養子に迎えられた彼は、その翌年に玄修が死去したため山脇家の家督を相続。

宮中の侍医だった養父を継いで、中御門天皇の侍医となります。

しかし理論より実践を重んじる古医方を後藤艮山(こんざん)から学んだ彼はその地位に満足することなく、1746(延享3)年に唐の医学書『 外台秘要方』 40巻を復刻。

更に知識追究に燃える東洋は、従来からあった五臓六腑説に疑問を持ち人体に似ているとされたカワウソを解剖。

それに飽き足らなかった彼は、遂に人体解剖の実行を熱望するように。

そして1754(宝暦4)年、京都六角の刑場で5人の罪人が斬首刑に処せられ、彼の門人がこの刑屍体の解剖を願い出ます。


当時はこのような願い出をすると逆に咎められる可能性があるため、おそらく師を慮って弟子が身代わりになったのでしょうが・・・時の京都所司代だった若松藩主・酒井壱岐守忠用が非常に理解ある人物で、これを許可。


そして遂に同年2月7日、東洋以下3人の医師が日本初の人体解剖を行ったのです。


彼等は人体内部の様子を克明に書き留め、その5年後に漢方医の唱える五臓六腑説の誤謬を指摘する 『蔵志』 を刊行したのです。


          


四葉からなるこの解剖書は、斬首された刑屍体だったため頭部が描かれておらず、また若干粗雑な内容ですが、近代医学の幕開けを担う役割は非常に大きいものがありました。

一般的に有名な解剖書は 『解体新書』 ですが、東洋の活躍に刺激された杉田玄白・前野良沢らが 『ターヘルアナトミア』 を翻訳して同書を刊行したのは、蔵志刊行から15年後の1774(安永3)年。

いかに日本の医学界における東洋の存在が大きかったかが窺い知れます。

それでも解剖当初は同じ古医方から批判を浴びたというのですから、地位も名声もありながら前人未到の人体解剖を敢行した彼の勇気と決断には、ただただ敬意を表するしかありません。




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