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小さな巨人

・・・と言っても、『ドカベン』の里中投手ではありません。 

今日の主役は、世界的に有名な日本人女性、


 緒方 貞子 


彼女が第8代国連難民高等弁務官に任命されたのが、今から25年前の今日・1990年12月19日のこと・・・日本人として、また女性として初の快挙でした。


       


1927(昭和2)年、曽祖父が元内閣総理大臣で五・一五事件の凶弾に倒れた犬養毅、祖父は元外相の芳沢謙吉、そして父親はフィンランド特命全権公使を務めた外交官という華麗なる家系に生まれた貞子氏は、父親の転勤に帯同して幼少期をアメリカ・中国・香港などで過ごした国際派。

小学校5年の時に日本に戻り、聖心女子学院に転入後、聖心女子大学文学部を卒業。

その後父親の勧めでジョージタウン大学・カリフォルニア大学バークレー校の大学院で政治学の博士号を取得すると、国際基督教大学や上智大学で教鞭を取り、上智大学では国際学部長も務め、学者の道を歩んでこられました。

その彼女が国連の檜舞台に登場するキッカケとなったのは、1968年に参院議員の市川房枝氏から国連総会に出席する日本代表団に加わるよう要請されたことでした。 以降


1978~79年 特命全権公使・ユニセフ執行理事会議長

1982~85年 国連人権委員会の日本政府代表
1983~87年 国際人権問題委員会委員

を歴任。 そして1990年に冒頭ご紹介した国連難民高等弁務官事務所(UNHCR )のトップに任命されると、翌1991年2月から2000年12月末まで3期・10年に渡り世界各国の難民救済に尽力、アナン事務総長らにその働きぶりを高く評価されました。


緒方氏に関しては、貴族・上流階級の家系であることから 「それくらいやるのは当然」 という意見もあるようですが、そう仰る方に私は逆にお聞きしたい・・・もしあなたが同じような上流階級出のお嬢様だったら、自らヘルメットや防弾チョッキを身にまとって危険な戦地に赴くのか? と。(


      


緒方氏自身の筆によるこの 『紛争と難民 緒方貞子の回想』 (集英社・刊)を読むと、その決断力と行動力にはただただ脱帽するばかり。

そこには「難民を救う」という目的を達成するために我が身の危険を顧みず行動し続けた彼女の崇高な信念を貫き通す姿勢が滲み出ています。


1994年にはタリバン政権がタジク人・ウズベク人などの他民族と衝突し虐殺が始まった時には、自ら直接アフガンに乗り込みタリバンと直接交渉したことも。

イスラム教国に女性が乗りこむことが如何に危険であるか、皆さんにも十分ご理解いただけると思います。

そんな彼女に1998年、小渕総理から外務大臣就任の要請が舞い込みましたが、「
(高等弁務官の)任期が残っているから」と、あっさり辞退。

(※国連高等弁務官の前任者は母国ノルウェーの外相に就任するため、わずか10ヶ月で職を去ったのに・・・。)

ところが小泉政権下でアフガニスタン問題に関して首相特別代表を依頼されると、彼女は引き受けたのです。

それだけ緒方氏にはアフガン難民に対する思い入れがあったのでしょう。

国際舞台で身体を張って活躍する小柄な日本女性・・・まさに〝小さな巨人〟と言えますまいか?

個人的には、田中角栄氏の娘さんより緒方氏に1度は外務大臣を務めてもらいたかったですが、今となっては現実的にほぼ無理な話。

是非次世代の若者に彼女の生き様を知っていただき、引き継ぐ人材が出てきて欲しい・・・また
政治家諸氏は、彼女の 「人道問題に人道的解決なし」 という言葉の重みをかみしめてほしいものです。うー



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