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生き金 <下>

田中角栄氏の金に対する気配りは、千円単位のチップにまで及んでいました。

          ◆     ◆     ◆     ◆

1962(昭和37)年12月、44歳の田中角栄は大蔵大臣に。
そして私(早坂氏)は、32歳で大蔵大臣秘書官事務取扱の辞令をもらった。

秘書官になって間もなく、オヤジが私を大臣室に呼んだ。

「お前も今後、いろんなところで他人様にチップをあげることになる。
千円のピン札をいちでも用意しておきなさい。
大蔵省にはピン札がたくさんある。

人に金を渡す時は、いつでもピン札で渡せ。
ヨレヨレの札はやるな。 折り方を教えてやる。」


大臣はワニ革の札入れから、ピンピンの千円札を何枚か取り出して、器用に三つ折りにしてみせた。

はみ出しが少しもない。 机の引き出しから小さな祝儀袋を2,3枚取り出して、折った札を中に入れた。 キッチリ糊付けもした。 封筒の裏に〝3〟と洋数字を入れた。

「カネはハダカで渡すな。 失礼になる。 必ず祝儀袋に入れろ。
チップは千円・三千円・五千円の3通りだ。

袋は小さな袋に入れろ。 大きい袋にわずかしか入っていないのでは、もらってもありがたみがない。

人間とはそういうものだ。」

        

田中の指示・教え方は詳しく、具体的であった。 


彼は何事につけてもそうであった。 

彼は「しっかりやれ」とか「頑張れ」という言い方をしたことがない。

空気をつかむような、抽象的で取り留めのない発想は、角栄に縁がなかった。 そして、人間に対する見方も教えてくれた。

「どんな人に千円やるか。 三千円・五千円の相手とは誰か・・・1ヶ月くらいオレのやり方を見ていて、覚えなさい。

見当違いの額を渡されたんでは、相手だって困る。
逆にね、なんだ、これっぽっち、バカにするな、というのでもダメだ。
まぁ、見ていたら分かる。 その都度、教えてやる。」

「一番面倒なのは、よそに行って送り迎えの運転手にチップを渡す時だ。」

「オヤジさん、そんなことは簡単だ。 車の中で渡せばいいじゃないですか。」

「違う。 チップはお礼の気持ち、好意を先方に示すものだ。
他人に分からないように示してこそ、好意は生きる。

車の中には、オレ・お前・SPがいる。
お前が後ろから渡せばオレが見ている。 SPも、すぐ分かる。
それでは相手も受け取りにくい、 好意にならないんだ。」

「それでは、いつ、どこで渡すんですか?」

「目的地に着く。 SPがパッと降りて、オレのドアを開ける。
向こうには、迎えの人たちがたくさん来ている。
オレたちはサッサと行く。 後から、降りたお前のドアを運転手が閉める。

取っ手から手が離れる瞬間、下からチップを滑り込ませる。
誰も見ていない。 そこは〝死角〟だ。」


                『駕籠に乗る人担ぐ人』(早坂茂三・著)より抜粋・編集にて


          ◆     ◆     ◆     ◆

一国の総理になる人が、チップの渡し方まで・・・いや、そこまでの気配りができるからこそ、人の上に立てるのかも。

きっと、角さん自身が若い頃から社会に揉まれた経験則から生まれた、人心掌握術なのでしょうネ。

〝権力を握るためには、味方を増やすより敵を減らすこと〟

その処世術は、千円単位のチップにも生かされていたのです。

また角栄氏は、早坂氏が選挙の現金配達人として初めて外に出る時も、こう教えたそうです。

「カネは誰もいないところで、必ず、候補者本人に手渡せ。
どうしても会えない時は細君に渡せ。

ただし、その時は候補者とカアちゃんがシックリ行っているのかいないのか、それを確かめてから渡せ。

選挙事務長や秘書には、間違っても渡すんじゃない。」

・・・う~ん、これは私たちにも役立つ教えかも。うー


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