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釈 放

今まで我が国では様々な事件が起きてきましたが、今からちょうど90年前の今日・1925(大正14)年12月12日に捕まった

 ピ ス 健

こと大西性次郎は、史上稀な凶悪犯罪者・・・つまり女装の強盗殺人犯でした。

大西は23歳の時に満州や日本の大阪・京都で10件以上の強盗傷害事件を起こした末に逮捕され、無期懲役になった札付きのワル。

その彼の悪運が強かったのは、1923(大正12)年に関東大震災の恩赦減刑で仮出獄できたこと。

娑婆に出た彼は定職に就くことなく、またしても犯罪に手を染めていきます。

その手口は被害者をピストルで脅したりぶっ放すという荒っぽいもの。


方々で森上健次という偽名を使っていたことから、新聞が犯人を〝ピス健〟と命名。

そして遂に、彼は殺人を犯してしまいます。

1925(大正14)年11月9日午前4時頃、現在の東京都品川区内の小学校校長宅に侵入した彼は、就寝中の校長を起こすとピストルを突きつけて金を出すよう脅迫。

校長がそれを拒否するや、いきなり発砲。

彼は一命を取り留めたものの、銃声を聞きつけて飛び起きた同居の教師がピス健に飛びかかり、もみ合いになった末に射殺されてしまいます。

校長の通報で警視庁は捜査線を張りましたが、品川駅職員から不審者が発砲して逃げたという通報を受け現場に急行した警官が刃物で刺殺されてしまいます。

そして3日後、現在の神戸市戸塚区にある寺の住職が刃物で脅されて現金を強奪され、また現在の大阪府茨木市の飲食店で女中をピストルで射殺。

更に2日後、大阪市内の寺でピストル強盗事件が発生。

いずれも同一犯と睨んだ警察は、女中の殺害事件で共犯となった少年に写真を見せた結果、ピス健は大西性治郎であることがようやく判明したのです。

警察は世全国に指名手配をかけたものの、行方はようとして知れず。

逆にピス健はそんな警察をあざ笑うかのように、警視総監と高輪署長に犯行声明を送りつけるという大胆な行動に。

しかし同年12月12日・・・神戸市内の小料理屋に潜伏しているというタレコミ情報が舞い込み、警官300人が現場を包囲。

刑事が踏み込むと、中には布団にくるまった女が一人だけ。

「これは、失礼しました。」

と彼が部屋を出ようとした刹那、その女性・・・いや女装したピス健が銃を彼に向けたのです。

ところが慌てていたのか、彼は銃の安全装置を外し忘れていたため発砲出来ず、アッと言う間に警官隊に抑えつけられて御用となりました。

なぜ、刑事は女装を見抜けなかったのか?

実はピス健、痩せていて小柄だっただけでなく、若かりし頃旅回りの一座で女形をしていたというのです。

          


上の写真は、彼が逮捕される直前にカメラマンに撮らせた写真だそうですが、確かに一見すると女性のよう・・・。

こんな華奢な身体でいきなり銃をぶっ放すんですから、相手は驚くはずです。

取り調べでは、それまでの犯行を全て自供したばかりでなく、時の総理大臣や内相を襲う計画を立てており、その資金作りのため日本銀行を襲うつもりだったと供述。

あまりに犯罪件数が多く取り調べが長引いた間、拘留中に自叙伝まで書いたというのですから、恐れ入ります。

その中で、〝自分は石川五右衛門のような大正の大賊〟だと嘯いた彼、今度は五右衛門同様に死刑判決を受けて、翌年9月に刑は執行されました。


もし大震災による恩赦などなければ、失われずに済んだ命が3つ・・・そう考えるといたたまれません。

それから90年近く経った今でも、死刑の次は無期懲役・・・つまり現行法では、極悪非道の犯罪者が再び娑婆に出てくる可能性があるのです。

当時よりもはるかに凶悪犯罪が増えた今、仮釈放なしの終身刑があっても良いのではないでしょうか?うー           

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