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番狂わせ <上>

勝負は下駄を履くまで分からない、と言われます。

スポーツの世界では、ラグヒーW杯で日本代表が南アを破ったような奇跡的な勝利は国民を興奮させますが、こと政治の世界だとそう単純ではありません。

過去の中央政界で史上最大の番狂わせは? と問われれば、私は今から37年前の今日・1978(昭和53)年11月27日に行われた自民党総裁選の予備選だった、と答えます。

大学で野球に明け暮れていた私でさえ、テレビ・新聞の大騒ぎを憶えていますから・・・。

当時の自民党総裁(首相)は、福田赳夫氏。

彼は総理のイスに座った際、「2年でそのイスを大平正芳氏に譲る」 という、いわゆる〝大福密約〟を結んだといわけていますが、いざその期限を迎える段になって続投の色気がムクムクと・・・結局密約を反故にしてしまいます。

その結果、現職の福田氏に大平氏が挑戦状を叩きつける格好で総裁選が行われることに。


他に中曽根康弘氏・河本敏夫氏も立候補し、四つ巴の戦いとなりました。

下馬評では福田氏圧倒的優位と言われていたのですが、蓋を開けてみればビックリ・・・なんと大平氏が748票を獲得し、638票の福田氏を大差で破って当選。

この予備選の結果を見た福田氏は、本選への出馬を断念。
大平氏が自民党総裁・第68代内閣総理大臣に就任しました。



  ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-福田 赳夫

この大逆転劇の立役者・・・というか影で動いたのは、大平氏と親しく福田氏とは因縁があった、あのキングメーカー・田中角栄氏。

今日は田中氏の秘書・早坂茂三氏の述懐にて、この大逆転劇の裏話をご紹介致しましょう。

          ◆     ◆     ◆     ◆

「新聞は、また間違える。」 と笑ったのは、田中角栄である。

彼は金丸信氏を呼び、大平支持の協力を要請。 
「分かりました、やりましょう。」 と応えた金丸氏の地元・甲府で地方遊説の第一声を上げた。

「金丸がやるなら、オレもやる。」

党内最強の田中軍団が一糸乱れず大平支援に動き出した。

中曽根氏が強い大票田の東京では、後藤田正晴がローラー作戦を行い虱潰しに戸別訪問。

勢い余って、中曽根の自宅を訪問した若手党員が奥さんに向かって 「大平正芳をよろしくお願いします」 と頭を下げる珍プレーも飛び出したとか。

更に田中派の懐刀・竹下登氏が大きな仕事をした。

当時自民党の党員名簿は門外不出。 本部のコンピューターにインプットされた党員名簿は持ち出し禁止だった。

しかし竹下氏は予備選前に各都道府県の支部名簿が閲覧できることを逆手に取り、各地を廻ってそのコピーを入手していたのである。

この極秘資料を武器に、田中角栄は徹底的な集票活動に明け暮れたのだ。


     ・・・・・To be continued







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