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口封じ

今から52年前の今日・1963年11月24日・・・その2日前、突如世界的に有名になった男が暗殺されました。 彼の名は


 リー・ハーベイ・オズワルド

   Lee Harvey Oswald


・・・そう、あのJ・F・ケネディ大統領の暗殺犯として逮捕された人物です


1939年にニューオーリンズで生まれた彼は、17歳で海兵隊入りし任務でロシア語を学び、1957~58年には日本の厚木基地でも勤務経験がありました。


軍在籍中は一級射手に匹敵する腕前を持っていたといわれますが、同時に軍法会議にかけられるなどの札付きでもあったとか。


1959年に除隊後ソ連に旅行に出かけると、そのまま亡命。

その後ロシア人女性と結婚するというアメリカ人としては非常に珍しい経歴の持ち主だった彼は、1962年アメリカに帰国。


一旦共産圏に亡命したオズワルドに、なぜかアメリカは妻子共々入国を許可。


生まれ故郷・ニューオーリンズに居を構えましたが、収入はなく結婚生活も破綻していたといわれています。


そして1963年に入って親族が運営する競馬賭博事業を手伝い掛け金の徴収係をしていた彼は、突如として教科書倉庫の5階からケネディ大統領を狙撃した犯人として逮捕されたのです。


逮捕当初から 「ハメられた」 と主張していた彼の尋問調書は残っておらず、事件から2日後の11月24日昼前、群刑務所に移送するためダラス警察署の地下駐車場に姿を現したところを、地元の実業家ジャック・ルビーによって拳銃で射殺されたのです。


      ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草


写真のとおり、大統領を狙撃した容疑者の護送とは思えぬ・・・いや、むしろ殺してくれと言わんばかりの無防備状態での犯行でした。


ウォーレン委員会の報告書では、オズワルドの単独犯行と断定。


しかしケネディ大統領を狙撃した銃弾が複数の方向から飛んできたと思われること、またいくら射撃の腕前があったとはいえ、オズワルドが使用したといわれるライフル銃・カルカノでは、10数秒という短時間に連続かつ正確な狙撃が困難であることから、その単独犯説を信じる者は私を含め少ないでしょう。


ソ連に亡命したにもかかわらず入国を許されたこと、そしてそれから僅か1年余りで事件が起きたこと、更には彼を拳銃で射殺したルビーが深く関わっていた事実から、私はCIAがかなり前からの暗殺計画立案及び実行に関与していた確率が高い、と思っています。


カネに困っていて適当な経歴を持つ人物を犯人に仕立て、犯行直後に消して真相は闇の中へ・・・こういう暗殺事件の展開は古今東西、そして日本でも起きています。


ウォーレン委員会の報告書は当初75年後の2039年に公開されることになっていましたが。その後の法改正によって、その98%が公開されています。

しかし残り2%については、従来通り2039年に公開される予定とのこと。


果たして24年後に公開される残り僅かな資料から、新事実が明らかにされるのか? 


それによってオズワルドの冤罪(?)が晴らされるのか?


個人的には、その確率は限りなく低いと思いますが・・・果たして? うー





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