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君が代

君が代は 千代に八千代に さざれ石の  

                 巌となりて  苔のむすまで

この 『君が代』 が1999年に制定された 『国旗及び国家に関する法律』 によって日本の国歌となったことは、多くの方がご存じの事と思います。

オリンピックで日本人選手が金メダルを獲得し、表彰式でこの曲が厳かに流れるのを聴くと、選手同様に感激する国民は多いはず。

いや表彰式でなくても、先般のラグビーW杯で日本代表の外国人選手が涙を流しながら歌っている姿を見て感動した方も沢山いらっしゃったでしょう。

この『君が代』は、今から約1,100年前に編纂された日本最古の歌集・『古今和歌集』 に収められている詠み人知らずの和歌がルーツとされています。

ただしその和歌の冒頭は、〝君が代は〟ではなく〝我が君は〟ですが。

元来は年賀のための和歌でしたが、鎌倉時代以降冒頭が〝君が代は〟に変わると共に年賀に限らずおめでたい和歌として使われるようになり、様々な歌集に収められるようになりました。

一方国歌は他国との盛儀大典の際にお互いの国歌を演奏するため、近代西洋で誕生したもの。


その流れの中、明治維新を迎え西欧諸国との交流が始まった日本でも、国歌の制定が必要となりました。

そして1870(明治3)年にイギリス公使館護衛隊の軍楽隊長J・W・フェントンから国歌を制定すべきと進言を受けた当時の薩摩藩歩兵隊長で後に元帥となる大山巌が自らの愛唱歌だった薩摩琵琶の『蓬莱山』の歌詞から『君が代』を採用したといわれています。


         

                大 山 巌  元帥

最初はフェントン自身が作曲したものの、西洋音楽調だったため日本人には馴染めず、1876(明治9)年に海軍音楽長・中村祐庸が 『天皇陛下ヲ祝スル楽譜改訂之儀』 を提出するも西南戦争が勃発し、国歌制定は一旦凍結。

それから4年後に宮内省・式部職の奥好義がつけた旋律を一等伶人・林廣守が曲に起こし、更にドイツ人音楽家F・エッケルトが和声を付けて完成。

この『君が代』が初めて演奏(試奏)されたのが、今から135年前の今日・1880(明治13)年10月25日のことでした。

そして翌11月3日の天長節で初めて公に演奏され、1893(明治26)年に文部省が『君が代』を収めた『祝日大祭日歌詞竝樂譜』を官報に告示。

以降この曲は事実上国歌として用いられ、1999年に正式に国歌として制定されたのです。


各メディアの世論調査では、約7割の方が『君が代』を国歌として認めているようですが、残りの方はこの曲が軍国主義や天皇制護持を想起する等々の理由で反対しているとか。

君が代の歌詞そのものについては様々な解釈がなされていますが、それに関してここでご紹介することは差し控えます。

ただ以前拙ブログでも記事にしましたが、他国の国歌はそれこそ軍国主義丸出しで血生臭く、とても子供たちに学校で歌わせたくないようなものが多々ある中にあって、私は『君が代』は非常に厳か且つ穏やかな曲であり日本の国歌として十分相応しい、と思っています。

1903年にドイツで開催された〝世界国歌コンクール〟で 『君が代』 が一等賞に輝いたことが、それを証明しています。

1,100年以上前から先人たちの想いを積み重ねてきたこの曲を、次世代以降の子々孫々にも引き継いでもらいたいものです。

それでは、天女の如き素晴らしい歌声での日本国々歌をお聴きください。扇子



              

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