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遠 慮

私の愛読誌である、月刊 『致知』

毎号トップには輪番で各界の重鎮が【巻頭の言葉】を述べられ、次に続くのが出版元・致知出版社の藤尾秀昭社長が筆を執られている【特集】。

半ページと字数は少ないながらも、その筆の鋭さに流石は社長・・・と毎月唸らされてる私ですが、最新・11月号の特集はいつにも増して心に刺さる素晴らしい文章でしたので、以下に掲載させていただきます。

          ◆     ◆     ◆     ◆


遠慮とは、遠きを慮ることである。〝遠き〟には2つの意味がある。

時間的な遠い将来と、
空間的な広がりである。

良き人間関係を保つにも遠慮は必要で、そのために我々の祖先は礼という規範をつくった。

時空間の遠きに思いを馳せ、人に対しては言動を控え目にする。
それができる人を大人という。

子供は遠慮を知らない。

つまり、遠慮を知らず礼を弁(わきま)えない人は、肉体的には大人であっても精神的には幼児性の域を脱していない人、ということになる。

心したいことである。

今・ここ・自分の都合だけでなく、遠い将来に思いを馳せ、彼方此方(かなたこなた)を慮る。 

そういう父祖の営みがあることによって、私たちはこの時代の繁栄を生きていることを知らねばならない。

学識の人、小泉信三(慶應義塾大学塾長)にこんな言葉がある。

「日本の国土は自然によって与えられたものではない。 長い年月の間に我々の祖先が手を加え造り上げ、我々に伝えてきたものである。

土地の開墾、耕作、道路、橋、ダム、港湾・・・有形のものばかりではない。

宗教、道徳、制度、風俗、学問、芸術、その全てを含む日本の文化。

これこそ我々が祖先から受け継いで子孫に伝える最も大切なものである。」

私たちの住む世界は父祖たちの遠慮の賜物なのである。


       


個人の人生にも遠慮は欠かせない。 『論語』衛霊公第十五にいう。

「人、遠き慮なければ必ず近き憂いあり」

もし人が遠い将来を見通し、広く周囲を見回して深い思慮を巡らせておかないと、必ず手近なところに憂うべきことが起きてくる、ということである。

人間通・孔子ならではの身に沁みる言葉である。

二宮尊徳もよく遠慮した人である。 有名な秋ナスの話がある。

天保4(1833)年の初夏、ナスを食べたら秋ナスの味がした。

地上は初夏でも地中は既に秋になっていると感じた尊徳は、桜町(※現在の栃木県真岡市)の農民にヒエを播くよう指示した。

果たせるかな、その年は冷害で稲は実らず凶作になったが、桜町では飢えるものは一人も出なかった。

尊徳の抜きん出たところは、冷害は1年では終わらないと判断し、桜町の農民に天保5、6、7年と続けてヒエやアワ、大豆を植えさせ、それを蓄えさせていったことである。

尊徳の予想通り大凶作は天保7、8年と続いて大飢饉となり、全国の餓死者は数十万人にも及んだ。

だが桜町の餓死者は皆無だった。 
尊徳の深い遠慮が桜町の農民を救ったのである。


我が国の現代にも遠き慮りをされた先達がいる。

例えば哲学者の森信三氏と事業家の松下幸之助氏はこういう言葉を残している。

「2025年になったら、日本は再び立ち上がる兆しをみせるであろう。 
2050年になったら、列国は日本の底力を認めざるを得なくなるだろう。」

・・・森信三


「これからの日本は精神大国というか、徳行国家を目指して進んでいかなければならない。」

・・・松下幸之助

日本がこういう国になるには、一人ひとりのありようが問われる。

福澤諭吉の言葉が重なってくる。

「独立自尊之修身」。

修身とは一人ひとりが独立自尊することだ、というのである。

この前提なくして国の将来はない。
そしてその鍵を握るのは教育以外にはない。

2人の先達が示すビジョンに日本を近づけるべく、各人が遠き慮りを為さねばならない時が来ている。

          ◆     ◆     ◆     ◆


とかく私たちは〝遠慮〟というと、他人に対して言動を控えたり、辞退・身を引くという消極的な言葉として捉えがち。

もっと深い意味合いでの遠慮をするよう心がける必要があるようです。

先人の言葉や期待を裏切るわけにはいきません。扇子



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