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生き仏

人間はどの世界で生きていくにせよ、その技術や人間性・感性などを向上させるためには〝修行〟が必要ですが、その中でも最も過酷と言っていいのが、『千日回峰行』。

これは、比叡山中を1日数十km歩く(というより走る)行を約7年の歳月をかけて延べ千日続け、しかも途中9日間にわたる断食・断水・断眠の行もするという荒行。


万一途中で行を続けられなくなった場合は自害する定めであり、行者はその時に備え常に紐と短刀を懐にしているそうですから、まさに命がけ。

凡人には千日どころか1日でも出来ない様なこの厳しい荒行・・・これを1度ならず2度も達成した修行僧が、過去1千年の歴史の中で3人いらっしゃるそうですが、今日はその中のお一人である

 さ か い  ゆうさい
 酒井 雄哉 大阿闍梨


の命日・三回忌にあたります。


        


1926(大正15)年に大阪市で生まれた酒井師は、慶應義塾商業学校(慶大の夜間商業学校)に入学したものの落第しそうになり、教授に勧められて1944(昭和19)年に熊本の予科練に入隊。

そこで訓練を受けた後、鹿児島・鹿屋飛行場に配属・・・つまりは特攻隊員に。

幸運にも飛び立つ前に終戦を迎えると、図書館職員からラーメン屋を開業するも火事で廃業、株取引で1億円もの借金を抱えてその後も職を転々。

更には逃げられた奥さんが自殺するなど、壮絶な前半生を過ごされた方。

その酒井さんが、突如思い立って39歳の時に得度し仏門に。

比叡山延暦寺入りした酒井さんは1973(昭和48)年から1度目の千日回峰行に入り、1980(昭和55)年に満行。

これにより酒井師は 『北嶺大行満大阿闍梨』 となりました・・・が、これに満足感を得られなかった酒井師は、その半年後に再び入山。

そして1987(昭和62)年、史上最高齢の60歳で2度目の満行を達成したのです。

         

1990(平成2)年に下山した酒井師は、その後日本全国や中国・エジプトなどを巡礼し、バチカンではローマ法王にも謁見。

2013年9月23日に87歳で入滅されるまで、テレビ出演されたり多数の著書を出版されるなどの活躍を続けられました。

またその間多くの著名人が教えを乞いに酒井師の許を訪ねたことも知られています。

        
          『超人の教え』 中央公論事業出版・刊


私のような凡人からすればまさに〝雲上人〟といえる方なのですが、以前テレビで拝見した酒井師からは尊大さなど微塵も感じられませんでした。

好々爺のごとく穏やかなお顔で、


 ◆ 「行」とは、人生そのもの
 ◆ 一日一生
 ◆ やり始めたら真面目にやり続ける

 ◆ 全てが仏に見える 


・・・等々、淡々と語る酒井師の言葉に力みなどは全く感じられませんでしたが、一見当たり前の言葉でも荒行を達成し大悟したかの如き名僧の口から出ると重みが違いました。


そして番組の最後に仰った言葉が、無始無終』

つまり、修行には始めもなければ終わりもない・・・つまり人生そのものが修行の日々、ということ。

修験者だけでなく、全ての方に当て嵌まる言葉でありましょう。

これを胸に刻みつつ、〝生き仏〟として崇められた大阿闍梨のご冥福をお祈りしたいと思います。笑3






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