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一本道

1964年のオリンピック開催にあたり、東京を中心としたインフラが急ピッチで整備されました。

その代表例として、東海道新幹線や首都高速道路の開通・建設があげられますが、空の玄関口・羽田空港と都心を結ぶ

 東京モノレール(羽田線)

も、そのひとつ。

同線がモノレール浜松町駅~(旧)羽田駅間で開業したのが、今から51年前の今日・1964(昭和39)年9月17日のことでした。

オリンピック開催で飛躍的に増大する羽田空港の利用客を都心に輸送する目的でモノレールを開通させるべく、名古屋鉄道(名鉄)や日立製作所などが出資して1959(昭和34)年に大和観光(株)を設立。

翌年日本高架電鉄株式会社に商号変更した同社が実際に工事を開始したのは、オリンピック前年の1963年5月。 (同月に社名を『東京モノレール』に改称)

当初は新橋駅からの発着を想定し免許も新橋~羽田間で取得したそうですが、肝心の用地確保が出来ず、やむなく浜松町を起点にしたそうな。

計画が固まるまで時間がかかったため着工が遅れたわけですが、オリンピック開幕前までに開通させることが至上命題・・・ということで、昼夜を問わない突貫工事。

しかも一部トンネル化の必要が生じたため建設費が嵩み、運賃も当初の計画より高くなり、浜松町~羽田間が片道250円・往復450円に。

当時の国鉄初乗り運賃が20円、週刊誌が50円、タクシーの初乗り運賃が100円だったそうですから、かなりの高額。


      


開業当時の車両・・・なんとなく国鉄のキハ系をそのまま使っているようなデザインですネ。

華々しく開業セレモニーが行われましたが、当時この路線の駅は途中駅が全くなく、また飛行機を利用する観光客があまりいなかったため、1日の利用客が2,000人程度。

当然赤字が続き、思い切った値下げや『大井競馬場前』駅を新設するなどしましたがあまり効果が上がらず、一時は会社倒産の危機に。

しかし空港の利用客が増えると同時に併走する首都高速が毎日のように渋滞するようになったため、利用客は増加。

ところが1998年に京浜急行空港線が乗り入れたことで、乗客獲得競争が勃発。

2002年に東京モノレール社の株式70%を取得したJR東日本が筆頭株主となり、同社の子会社となって以降は、オレンジ色のモノレールSuicaを発行したり終日快速を運転するなど様々なサービスを展開し京急と鎬を削っています。

まぁ、利用客にとっては喜ばしい事ですが・・・。

そして現在導入されている最新車両が、『10000形』。(

      


車内のスーツケース置き場を拡充し、内装に〝和〟のテイストを演出。 

更には無線LANサービスを設置し、車内の液晶ディスプレイには4ヶ国語で案内を表示。

昔の1000形以前の3ケタ台モデルしか知らず、もう20年以上乗ったことのない私には、隔世の感が。

たとえ飛行機に乗らずとも、最新鋭のモノレールには乗ってみたいものです。

ちょうど1年前には累計利用客が18億人に達したという東京モノレール・・・これからも頑張ってほしいですネ。 笑2




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