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裸 足

以前、テレビ番組 『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』 の〝ダンス甲子園〟が大当たりし、今や学校の必修授業にダンスがある時代。

小学生の頃、フォークダンスがイヤでイヤで仕方なかった私には、隔世の感がありますが・・・そのダンスが芸術のひとつであることに異議はありません。

今日は、その舞踊界において〝モダン・ダンスの祖〟と言われている女性ダンサー、

 イサドラ・ダンカン           
  Isadora Duncan                 


の命日にあたります。


          


イサドラは1877年にアメリカ・サンフランシスコに生まれました。

父親が銀行の経営者で裕福でしたが、彼女が生まれた半年後にその銀行が倒産し、やがて両親は離婚。

ピアノの教師だった母親から音楽の基礎教育を受けたイサドラは早くから古典舞踊を学びます。


1890年、13歳の時に早くも彼女は転居先のオークランドの教会でダンスリサイタルを開くと、その5年後にはニューヨークの劇団に雇われ舞台で踊ると同時に、富裕層の家で母親の伴奏でダンス・リサイタルするなどしていました。

しかし1899年に彼女らがレッスンをしていたダンス教室が入っていたビルが火災に見舞われ、一家の持ち物は全焼。

無一文になった彼女は、教え子の親からのカンパで渡英。

同地でダンスリサイタルを開催する傍ら大英博物館で多くの時間を過ごすと共に、フランス・ドイツ・イタリアなど欧州各国の美術館や教会を巡り、その芸術作品から人間の身体の動きと表現法を学びます。

そしてフランソワ・デルサルトの提唱する自然な身体の動きに惹かれるように。

パルテノンの壁画など古代ギリシャ芸術に感化され、ギリシャ風のコスチュームに身を包み裸足で踊るダンカン独特の舞踊スタイルは、そうして固まっていったのです。

更に「舞踊が子供の教育に必要不可欠であり、健康で自由な生活を送るための方法」と主張する彼女はベルリンやパリ、そしてロシア革命後のモスクワにダンス学校を設立。

その後の舞踊界に多くの若い才能を輩出する基礎を築きました。

しかし今から88年前の今日・1927年9月14日・・・彼女はフランスのニース近郊で、首に巻いたスカーフを自動車に巻き込まれ転倒、不慮の事故死を遂げてしまいます。

51歳・・・まだまだこれからという時でした。

しかし当時よりは遥かにダンスが社会に認知されていることに、きっと彼女は満足していることでしょう。

大変なカメラ嫌いで、彼女の踊りは殆ど映像で残っていないそうですが、その貴重なダンス映像を鑑賞しつつ、〝裸足のイサドラ〟の冥福を祈りたい思います。笑3





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