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多 才

おそらく、この偉人の伝記を小・中学校時代に読んだことのある中高年の方、多いのではないでしょうか?

かく言う私も読んだのですが・・・正直、その中身はあまり憶えていません。

その理由は、おそらく活躍の場がいくつもあって人物像を絞れなかったからかも。

今日は、医師・神学者・哲学者・音楽学者にしてノーベル平和賞受賞者、更にはオルガニストでもあったドイツ系アルザス人、


 アルベルト・シュバイツァー  

   Albert Schweitzer


の命日・没後50周年にあたります。


1875年に当時ドイツ帝国領・オーバーエルザスに生まれたシュバイツァーは、父親が牧師で比較的裕福な家庭に育ちました。

7歳でピアノを習い始め、14歳からパイプオルガンを習いましたが、これが後のバッハ研究の素地となりました。


名門ストラスブール大学では神学・哲学博士号を取得すると、21歳の時に

〝30歳までは芸術と科学を身につけることに専念し、それ以降は世のために尽くす〟


と決意して、30歳から今度はストラスブール大学の医学部に再入学。


38歳で医学博士となると、医療後進国だったアフリカのガボンへ。

現地で医療行為にあたっていた時に、第一世界大戦が勃発。


ドイツ人だった彼はガボンがフランス領だったため敵国人として拘束されてしまいます。

その頃、川を渡るカバの群れを見た時に有名な 『生命への畏敬』 という概念に到達したといわれます。 それは

〝生きようとする自らの生命は、同時に生きようとする他の生命に囲まれている。 その全ての生命を尊ぶこそ、倫理の基本である。


生命を守ることは善であり、生命を失くしたり傷つけることは悪である。

個人や社会がこのような生命への畏敬という倫理観によって支配されることに、文化の根本がある〟


というもの。

         


捕虜としてヨーロッパに送還された彼は、釈放後各地で講演を行なったりパイプオルガンの演奏会を開催して病院の運営資金を蓄えると同時に、何度もアフリカに行き医療活動に従事。


第二次世界大戦後は日本に原爆投下されたことを知って反核・反戦運動を展開し、それが評価されて1952年にノーベル平和賞を授与されました。

その後もガボンで医療行為を続け、90歳だった1965年9月4日に現地で死去・・・遺体もアフリカの地に埋葬されました。

有名な哲学者サルトルとは親戚筋であり、その哲学論も高い評価を受けると同時にキリスト教の伝道にも熱心だった彼は、〝密林の聖者〟と呼ばれました。


そんな彼は生前多くの名言・至言を残していますが、その中でも私が好きなのは


〝人間とは、愚か者のように振る舞う賢い生き物である〟


という言葉。

私もかくありたい、と思うのですが・・・なかなか。
ともすると、〝賢くふるまう愚か者〟になりがちです。うー

あらためて、20世紀を代表する賢人のご冥福をお祈り致します。笑3


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