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降 伏

1945(昭和20)年8月15日、日本国民は天皇陛下の玉音放送によって敗戦を知ったわけですが、正式な〝降伏〟は、それから1ヶ月弱後・・・今から70年前の今日・9月2日に行われた降伏文書への署名によって確定しました。


戦後数年間は、この9月2日を 『敗戦記念日』 としていたのだそうです。


この日、東京湾に停泊している米戦艦ミズーリの甲板にて調印式は行われました。


日本側からは、重光葵外務大臣・梅津美治郎両全権大使らが出席、連合国側はマッカーサー、ニミッツ両元帥らアメリカ代表をはじめ、イギリス・フランス・オランダ・中華民国・カナダ・ソビエト・オーストラリア・ニュージーランド代表が出席し署名を行いました。


アメリカはこの時、甲板に2枚の星条旗を飾ったそうです。


一枚は、真珠湾攻撃を受けた時にホワイトハウスに飾られていたもの、そしてもう一枚は、なんとペリー提督が1853年に黒船で来航した時に掲げていたもの。


この演出はマッカーサー元帥の指示で為されたそうですが・・・いかにもアメリカらしいというか、イヤミというか。 うー


      降伏文書署名

しかし実は・・・グラマン・B29による祝賀飛行などの華やかな演出の影で、実は文書署名中とんでもないミスが起こっていたんです。


各国代表が順に署名している途中で、ある代表がうっかり自国以外の欄に署名してしまったため、以降の署名が全部ズレてしまい、最後の代表は欄外に署名する事態に。


結局、後で修正することで各国の同意を得ることになったそうですが・・・こんな国際的な重要書で、全くマヌケた話があったものです。


この舞台となった戦艦ミズーリは1992年3月末に退役となり、現在はハワイの真珠湾に記念館として停泊しています。


        ミズーリ看板記念プレート


写真はそのミズーリ号の甲板に埋め込まれた、降伏文書に署名した場所を示す記念プレート。


今後ハワイに行かれる機会がありましたら、こういった歴史に触れていただくのも良いかもしれませんネ。笑3


さて最後に、この降伏について一言。

私もそうでしたが、学校(の教科書)では、「日本は無条件降伏した」 と教えられました。

実際、過去の政府答弁ではそういう発言もあったようですが、私は無条件降伏ではなく有条件降伏だったと理解しています。

ポツダム宣言の第5条には 「吾等の条件は以下の条文で示すとおりであり・・・」 と条件を示していますから、
厳密に言えば、

〝条件提示したポツダム宣言を無条件で受諾〟

した、ということ。 これは〝無条件降伏〟と意味が違うはず。

更に言うなら、同第13条には 「我々は日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し」 ・・・と記載されています。

つまり降伏したのは日本軍であり、日本国(民)ではないのです。

この部分、今更どうでもいい・・・などと思わないでください。

無条件降伏した、すなわち日本が100%悪く完膚なきまで敗北したと思わせるような自虐史観を植え付ける思想教育を我々に施したのは、東京大空襲や原爆投下などで無数の非戦闘員を殺害したアメリカなのですから。

世界的には第二次大戦終戦の日と認識されている70周年の今日、あらためてポツダム宣言を読み返してみていただきたいと存じます。



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