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先 見

現在では多くの自動車に標準装備されている〝エアバック〟。


これが初めて実用化されたのは、1980年のことでした。。

その年メルセデスベンツのSクラスにオプション装備され、その後各メーカーの高級車にオプションとして採用され、やがて標準装備として広がっていきました。


ちなみに日本では1985年にホンダ・レジェンドに装備されたのが最初とか。

この流れを見ると、この安全装置を開発したのは西ドイツのように思われがちですが・・・実はこの技術を最初に発明・開発したのが日本人であったことをご存知でしょうか? その開発者の名は、


  こ ぼ り  やすざぶろう

 小堀 保三郎 


今日は、この先見性に満ち溢れた天才的エンジニアの命日・没後40周年にあたります。

小堀氏は1899(明治32)年、栃木県河内郡に生まれました。

地元の小学校を卒業するとそのまま奉公に出た彼は、その後様々な知識を独学で吸収していったというから驚きます。


25歳の時に大阪に出て帝国通信社の記者となった後、大阪電気鉄道(現・近鉄)を経て1937年に自ら大阪工機製作所を創業し、起重機製造工場の経営に乗り出しました。


戦前は軍用機のエンジン取付用の小型クレーンを開発し、戦後は石炭エネルギーに着目して炭鉱採掘の機械化に知恵を絞り、その時期に発明の素養を養うと同時に、日本の石炭産業に大きな貢献を果たします。


その後大同工業に資本参加を求めるなどした後、1962年に会社の経営権を資本参加した石川島重工業に経営権を譲渡して上京。


品川区に居を構えると、新機種開発を目的としたG・I・C(グッドアイデアセンター)を設立。 サンドイッチ自動製造機の開発などで数多くの特許を取得しました。


その様々なアイデアのひとつに、エアバックの構想があったのです。


        ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

東京五輪が開催された1964年、小堀氏は元は航空機事故などで衝撃を緩和させる装置として考案したものを自動車に転用すべく、安全ネットやエアバックの開発に着手。


技術的な裏付けを得るために東京大学はじめ複数の大学教授や防衛庁・航空医学実験隊などの研究機関にも協力を求め、実験を膨大なフィルムに録画。

同時に世界14ヶ国で特許を取得し、自動車関係者にアピール。


更に当時から運転手だけでなく助手席や後部座席、更には側面・ルーフにまでエアバックの装着装置も考案していたというのですから、その先見性には舌を巻きます。


しかし当時としてはあまりに飛躍していたエアバック装置は、業界関係者に受け入れられませんでした。

発表会に出席した自動車関係者からは失笑を浴び、また当時は火薬の使用が消防法に抵触することから日本国内では公的な支援はもちろんのこと、誰も開発に協力する者は現れず。


結局私財を注ぎ込んで開発研究を続けた小堀氏は、資金繰りに行き詰まり・・・ちょうど40年前の今日・1975年8月30日に、G・I・C事務所内で奥様と共にガス自殺して果てたのです。


しかしその後彼の研究開発を欧州企業が引き継いだ結果、冒頭のようにエアバックは実用化され人命救助に大きく貢献。


斬新な発想にもう少し役人や大企業が柔軟に対応していれば、稀代の発明家の命を救えたものを・・・残念でなりません。


しかし現在多くの自動車に自ら考案したエアバックが標準装備されているのを天国から見つめている小堀氏は、きっと喜んでいらっしゃることでしょう。笑2


ところで、普段皆さんが乗られているクルマには、エアバックついていますか?


装着されている場合、多くはハンドル中央や助手席の前に SRS と表示されているはず。


これはupplemental Restraint System (補助拘束装置) の頭文字を取ったもの。 


つまりエアバックはあくまでもシートベルトの補助装置であり、それ単独では十分な人命救助にはなり得ないということ。


自動車に乗る際は、小堀氏の命を懸けたエアバック開発に感謝しつつ、シートベルトの装着をお忘れなきよう! ご迷惑をおかけします




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