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五・七・五

〝昼食は 妻がセレブで 俺セルフ〟

〝デジカメの エサはなんだと 孫に聞く〟

〝「課長いる?」 返ったこたえは 「いりません!」〟

〝うちの嫁 後ろ姿は フナッシー〟

〝皮下脂肪 資源にできれば ノーベル賞〟!〟


これらは、毎年第一生命が公募するサラリーマン川柳の歴代第一位作品の数々・・・時代を反映しているとともに、いつ読んでも笑えますょネ。


この他にも社団法人全国有料老人ホーム協会主催のシルバー川柳とか、ウォシュレット2,000万台突破を記念してTOTOが始めたトイレ川柳など、最近では様々な川柳が公募されています。

今日は、その


 川柳発祥の日


なのだとか。 

この『川柳』・・・実は柄井川柳 (からい せんりゅう 1718-1790) という江戸中期に実在した人物から命名されました。


        



彼が生きていた時代、江戸庶民の間で〝前句付〟という文芸が流行っていたとか。

これは出題された七・七の前句に対して五・七・五の付け句をするもの。

現在でも、時々『笑点』でこの形の問題が出されますょネ。

柄井川柳は、その前句付けの点者・・・今でいう審査員でした。

彼の選句眼は非常に優れており、階層に関わらず広く信頼を得ていたそうな。


そして今から250年余り前の今日・1757(宝暦7)年8月25日に、彼が主催して第一回の万句合が行われたのです。

更に1765(明和2)年に刊行した 『誹風柳多留』 が前句付けの人気に拍車をかけます。

同じ五・七・五でも、俳句のように季語や「・・・けり」という切れ字の制約がない分、庶民には受け入れられやすかったのでしょう。

但し当時は川柳とはいわず、『雑俳』 と呼ばれていたとか。

なんだか雑草みたいですが、俳人からすれば同じ土俵で語られることを良しとしなかったのかもしれません。

これを川柳と呼ぶようになったのは、明治時代に入ってからだそうです。

前出の〝サラ川〟が火付け役になったともいえますが、最近はテレビ番組でも川柳を取り上げており、口語体でダジャレも字余りもOKの川柳は現代人にも親しみやすい言葉遊び。

世界で最も短い17文字の定型句は、日本独自の文化。

他人様の作った秀作川柳で笑うのも良いですが、自分で作ってみるのも一興かもしれません。 でも、


〝つまずいて 足元見れば 何もなし〟

〝恐妻を 天使に変えた 認知症〟

〝どこで見る 東京五輪 天か地か〟


なんていうシルバー川柳は、身につまされてあまり作りたくないですけど・・・。うー


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