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大和撫子

昨年の東京五輪では、女性選手 人が金メダルを獲得しましたが、今日はオリンピック史上において日本人女性初の金メダリスト、


 前畑 秀子 さん


の命日・二十七回忌にあたります。


前畑選手は1914(大正3)年、和歌山県伊都郡橋本町に生まれました。


紀ノ川で泳ぎを覚えた彼女は、早くからその才能を開花し名古屋の椙山女学校に進みますが、17歳の時に父母を相次いで急病で亡くす不幸に見舞われます。


       


その悲しみを乗り越えて、翌年のロサンゼルス五輪・200m平泳ぎで銀メダルを獲得した前畑選手は引退を考えますが、周囲の期待が大きく現役を続行。


「やりかけたことは、最後までやり抜きなさい」 という母親の教えを胸に、朝早くから夜遅くまで連日2万m(!)の猛練習を耐え抜いた彼女はベルリンに乗り込みます。


(負けたら海に飛び込んで死ぬ)


と覚悟を決め、持ってきたお守りの札をレース直前に飲み込んでスタート台に立った彼女は、地元ドイツのゲネンゲル選手とデッドヒートの末、僅か1mの差で見事な勝利を収めたのです。

       


この時のNHK・河西三省アナのラジオ実況中継 「前畑ガンバレ!」(〝ガンバレ〟24回、〝勝った〟18回 )は、あまりに有名ですネ。




※この時の河西アナは、おそらく前畑さんの決死の覚悟を知っていて、また日本女性初の金メダル獲得を祈りながらの〝必死の応援・心からの叫び〟だったのでしょう。


それが聴く人の心を揺さぶった、スポーツ実況史に残る名放送たる所以だと思うのです。


最近のスポーツ中継はやたらに絶叫ばかり繰り返すアナウンサーが多いですが、是非もっと根本的なところを河西アナの実況から学んで欲しいもの。


その後何回も世界記録を塗り替えた彼女は現役引退後も後進の育成のため水泳教室を開くなど、日本水泳界に多大な貢献をされました。


結婚後ご主人を早くに亡くしながらも2人の子供を女手一つで育て上げ、また71歳で脳溢血で倒れながらもリハビリの末、見事プールに戻ってきた前畑さん。


       

どんなに辛い時でも、オリンピック前の厳しい練習を思い出せば耐えられたのだそうです。


そんな気丈な彼女も病には勝てず・・・1995(平成7)年2月24日、急性腎不全のため80歳で天に召されました。


そんな前畑さんの写真で私が最も印象的なのは、この一枚。

    


ヒトラー率いるドイツが国威を賭けたベルリン・オリンピック、観衆も選手・役員も〝ハイル・ヒットラー〟のポーズをとる中、一番高い表彰台の上で静かに頭を垂れる彼女の姿に、私は日本女性の謙虚さと奥ゆかしさ、そして信念の強さを感じるのです扇子

あらためて昭和を代表する大和撫子のご冥福をお祈り致します。


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