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鎮 魂

あの日から、ちょうど70年の月日が流れました。

日本人にとって、永遠に忘れられない・・・いや、忘れてはならない日がまたやってきました。


 『太平洋戦争終戦の日』

 (※厳密な意味での終戦は、全権大使が降伏文書に署名した9月2日でしょうが。)


1945(昭和20)年8月15日正午、ラジオを通じて流された昭和天皇の 『玉音放送』 を聞く事により、国民の多くが日本の敗戦を知ることとなりました。


※当時の人々が天皇の肉声を聞くのはこれが初めてのことでした。


また、陛下が宮中独特の節回しで朗読されたため内容がよく理解できず、多くの国民はこの玉音放送の後に流された補足・解説により敗戦を知ったのだとか。


この 『終戦詔書』 は、かねてより内閣書記官長・迫水久常氏が概略を作成し漢学者・川田瑞穂氏が起草していたものに、8月14日の御前会議に於いてポツダム宣言を受諾し日本の降伏が決定したことを受け、安岡正篤氏が加筆して完成されたもの。


録音は皇居において14日午後11時20分から翌午前1時頃まで、天皇陛下ご自身のご要望により2度行われ、SPレコード盤2枚組み2セット・計4枚に収録されました。


陸軍の一部には徹底抗戦を主張し、このレコード盤奪還の動きもあったものの既(すんで)の所でこれを回避、放送は無事15日正午より流されたそうです。 (※使用されたのは1回目の録音。)


     玉音放送

            < 詔書(国立公文書館・蔵) >


以下に 『終戦詔書』 全文 (※原文は漢文体。それを現代漢字・かな使いに修正・改行編集したもの) を掲載させていただきます。



読者の皆様におかれましては、是非全文をお読みいただき・・・69年前のこの日、これを聞いて敗戦の深い悲しみと挫折を味わった先人の無念に触れると同時に、あらためて世界平和への願いを新たにしていただければ幸いです。


         『 ( 終 戦 ) 詔 書 』



(ちん=天皇の自称)深く世界の体勢と帝国の現状とに鑑み非常の措置を以て時局を収拾せむと欲(ほっ)し茲(ここ)に忠良(ちゅうりょう)なる爾(なんじ)臣民(しんみん=天皇制下での国民)に告ぐ 



朕は帝国政府をして米英支(し=中国)(そ=ソ連)四国(しこく)に対し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり


抑々(そもそも)帝国臣民の康寧(こうねい=安らかなこと)を図り万邦(ばんぽう=諸国)共栄の楽(たのしみ)を偕(とも)にするは皇祖皇宗(こうそこうそう=天皇歴代の祖先)の遺範にして朕の拳々(けんけん)()かざる所



(さき)に米英二国に宣戦せる所以(ゆえん)も亦(また)実に帝国の自存と東亜の安定とを庶幾(しょき=乞い願うこと)するに出て他国の主権を排し領土を侵す如きは固(もと)より朕が志にあらず


(しか)るに交戦(すで)に四歳(しさい)を閲(けみ)し朕が陸海将兵の勇戦朕が百僚有司(ひゃくりょうゆうし=多くの官僚)の励精(れいせい)朕が一億衆庶(しゅうしょ=庶民)の奉公各々最善を尽くせるに拘(かか)わらず戦局を必ずしも好転せず世界の大勢亦(また)我に利あらず


加之(しかのみならず)敵は新に残虐なる爆弾を使用して(しきり)に無辜(むこ=無実の人々)を殺傷し惨害の及ぶ所 真(しん)に測るべからざるに至る



(しか)も尚交戦を継続せむか終(つい)に我が民族の滅亡を招来するのみならず延(ひい)て人類の文明をも破却(はきゃく)すべし


()くの如くは朕何を以てか億兆の赤子(せきし=天皇を親に見立てた人民の称)を保し皇祖皇宗の神霊に謝せむや是れ朕が帝国政府をして共同宣言に応せしむるに至れる所以なり


朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し遺憾の意を表せざるを得ず


帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ非命に斃(たお)れたる者及びその遺族に想いを致せば五内(ごだい=五臓→心臓、肝臓、肺臓、腎臓、脾臓)為に裂く


且戦傷を負い災禍(さいか)を蒙(こうむ)り家業を失いたる者の厚生に至りては朕の深く軫念(しんねん=天子が心を痛める意)する処なり


(おも)うに今後帝国の受くべき苦難は固(もと)より尋常(じんじょう)にあらず爾臣民の衷情ちゅうじょう嘘偽りない心)も朕善(よ)く之を知る


然れども朕は時運の趨 (おもむ)く所(た)え難(がた)きを堪え忍(しの)び難きを忍び以て万世(ばんせい)の為に太平を開かんと欲す


は茲に国体を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠(せきせい=少しの嘘偽りもない心)に信倚(しんい=信頼))常に爾臣民と共に在り


(も)し夫()れ情の激する所 濫(みだり)に事端(じたん=事件の端緒)を滋(しげ)くし或いは同胞排擠(はいせい= 他を押しのけたり陥れる事)互いに時局を亂(みだ)り為に大道を誤り信義を世界に失うか如きは朕最も之を戒いまし)


(よろ)しく挙国一家子孫相伝え確(かた)く神州の不滅を信じ任重くして道遠きを念(おも)ひ総力を将来の建設に傾け道義を篤(あつ)くし志操(しそう=堅く守って変えない志)を鞏(かた)くし誓って国体の精華(せいか=立派な点)を発揚し世界の進運に後(おく)れざらむことを期すべし


爾臣民其れ克(よ)く朕が意を体せよ  



御名御璽 (裕仁=昭和天皇の御名前)


各国務大臣副署

     昭和20年8月14日 





詔書には 「敗戦」、「降伏」 という文字が一切使われておりません。


そこに血を吐くような無念さが滲み出ている、と私は感じるのです。


当時の人々の気持ちを共有すべく、今年公開された録音原版の再生音声をこちらの宮内庁HPでお聴き下さい。(

 http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taisenkankei/syusen/syusen.html


今、私たちが平和な生活を享受していられるのは、太平洋戦争に於いて尊い命を散らされた約310万にも上る英霊の犠牲があったればこそ。


本日正午、日本武道館で催される全国戦没者追悼式にお出ましになられる天皇・皇后両陛下をはじめとする参列者の方々や甲子園の高校球児たちと共に、感謝の気持ちを込めつつ謹んで黙祷を捧げ、同時に現在保有する我が国の領土・領海をいかなる国家の侵犯からも毅然として護ることを、英霊に誓いたいと存じます。





         

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