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不 安

今日は、ノルウェーの紙幣にも肖像が印刷されている国民的画家、

 エドヴァルド・ムンク

   Edvard Munch

の命日にあたります。

そう、あの〝叫び〟で有名な方ですょネ。


        

ムンクは1863年生まれ・・・父は医師で親類には学者が多いものの、同時に神経過敏傾向の家系でした。

そんな彼が暗く寒い北欧で生まれ育ち、5歳の時に母親が30歳で、また14歳の時に15歳の姉を共に結核で亡くすという不幸に見舞われたことが、彼の生涯にわたって愛、生と死、またそれらに対する不安感にまとわりつかれる素地になったといえましょう。

人一倍感受性の強く、自分が心理的に不安定になると絵を描くことによって落ち着けるということを幼少時から気づいていた彼は、エンジニアになることを勧める父親の反対を押し切り画家の道を選びます。

1881年、画学校(のちの王立美術工芸学校)に入学し、その3年後〝クリスチャニア・ボヘミアン〟いう当時の前衛作家・芸術家のグループと交際するように。

この頃に描いた作品には、『叫び』とは違った自然主義基調の『春』などの傑作も残しています。(


     

この作品を描いた1889年にはノルウェー政府の奨学金を得て正式にフランス留学し、パリではロートレックやゴーギャン、ゴッホなどポスト印象派の画家から大きな影響を受けた彼は、父親の死去から〝生のフリーズ〟という構想を抱き始めます。

しかし彼の作品は当初一般的には受け入れられず、1892年にベルリン芸術家協会で開いた展覧会は、たった数日間で保守的な協会側から中止を要求され、開催後僅か1週間で閉鎖。


この騒動の影響でドイツの美術家協会は分裂してしまいますが、逆にムンクの作品を認める勢力も誕生させることに。

それが証拠に、閉鎖から2ヶ月後に再度ムンクの個展が開かれ、彼の評価は高まっていきました。


しかし大胆な構図と印象的な色彩で観る者の目と心に強烈な印象を残す彼の作品が有名になるに従って、彼のナイーブな精神は変調をきたして行きます。


ムンクは結婚に対する不安感からか生涯独身を通しましたが、1902年にその彼と結婚を望んだ恋人トゥーラ・ラールセンとのいざこざで銃の暴発(?)事件を引き起こします。

真相は不明ですが、結果的に彼は左手中指の一部を吹き飛ばされることに。

1908年には強迫観念に苛まれ、アルコールに溺れてサナトリウムで長い療養生活を送りました。


しかしゴッホのように自らの命を絶つことはなく、第二次世界大戦中の1944年1月23日に80歳で天に召されるまで絵を描き続けました。

さてムンクといえば、『叫び』に触れぬわけにはいきますまい。

この世界的に有名な絵は、少なくとも5枚以上の存在が確認されているとか。

中央の人物が叫んでいる・・・と思っている方も多いかもしれませんが、実は彼自身は叫んでいないのだそうな。

        

彼は夕暮れ時に突然の幻聴・幻覚に遭遇、恐怖を感じ手を耳に当てて懸命に不安と戦っている様子が描かれているとか。


この人物の幻覚・幻聴とは実際にムンクが体験したものとされ、その瞬間について次のようなムンクの日記が残されています。

「私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。

突然、空が血の赤色に変わった。

私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。


それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。

友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。

そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。」

・・・この一文を読むと、作品の見方が変わるのではないでしょうか?

ちなみに掲載した画像は1985年に制作されたパステル画ですが、2012年5月にニューヨークの競売に掛けられ、著名な投資家レオン・ブラック氏が1億2,000万ドル(約96億円)で入札。

これが現在のところ1枚の絵としては史上最高額だそうな。

【※イギリスの画家フランシス・ベーコンの作品 『ルシアン・フロイドの三習作』 が2013年11月に手数料込みで史上最高額の約1億4240万ドル(約141億円)で落札されましたが、これは3枚の画の合計額。】

心の中の不安感をキャンパスに描き続けた彼が、自らの作品に目も眩むような超高額の値段がついたことを知ったら・・・天国でも訳が分からず、一層不安に苛まれているかも?うー


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