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釈 放

平日・白昼に東京・丸の内のビジネス街を襲った無差別テロ・『三菱重工爆破事件』 (関連記事は、こちら→ http://ameblo.jp/warmheart2003/day-20140830.html
から約1年後・・・今からちょうど40年前の今日・1975(昭和50)年8月4日、日本赤軍のメンバー5名が在マレーシアのアメリカ・スウェーデン両国大使館を襲撃する


 クアラルンプール事件


を引き起こしました。


この時三木首相はたまたまアメリカを訪問していたため、福田副総理らが協議して犯人の要求を呑むことを決定。

個別に意志を確認したうえ、釈放に同意した5人に正規のパスポートを交付して〝超法規的措置〟をもって日航機に乗せマレーシアへと飛び立たせました。

クアラルンプールに同機が着陸したことを受け、大使館を占拠していた犯人グループは人質29人を釈放。

8月6日に残りの人質と共にバスに乗り空港へ移動。

   

            人質をバスに移送させる犯人


そこで越智啓介領事ら数人の政府関係者が身代わりとなって搭乗した日航機はリビアへ。

トリポリ空港に到着後、乗員・人質は解放され犯人グループは投降・・・ひとまず人質事件は終結しました。

反政府過激派が引き起こした人質事件で、彼らの要求を呑んで仲間を開放した初めてのケースとなったこの事件は、その後国際社会に大きな影響を及ぼします。

この2年後に日本赤軍が起きたダッカ日航機ハイジャック事件でも、福田総理は「人命は地球より重い」という名(迷?)言を残し、またしても要求通り逮捕したメンバーを釈放、国際社会から批判を浴びました。

クアラルンプール事件は、人質になったのが他国の大使館員だったため止むを得ない事情もあったでしょうが、こうも簡単に犯人の要求を吞んだことで、日本は国際的に弱腰姿勢を晒すことに。

これが北朝鮮の拉致事件の拡大に大きく影響した、という意見すらあります。

その後ミュンヘン五輪のテロ事件を教訓としたドイツに倣い、日本の警察も対テロ特殊部隊を秘密裏に創設。


国内のハイジヤック事件などでは一定の成果を上げていますが、なによりも肝心なのは政府・政治家の判断と決断。

残念ながらここ数年の対中国・南北朝鮮・ロシアに対する外交姿勢を見ていると、とりあえず穏便に、自分は責任を被らないようにやり過ごす・・・という逃げの姿勢を感じるのは、私だけではないでしょう。

真に国民の安全と国土・領海を守るためには、腹の据わった政治家の存在が欠かせないことを、この事件は教えてくれています。

ちなみに、この事件で釈放された坂東國男・松田久・佐々木規夫の3名は、国際手配されてはいるものの、現在も逃走中。

もし彼らが生きていれば66~68歳。


この3人の消息が判明して再逮捕しない限り、厳密に言えばこの事件は・・・いや、あさま山荘事件や三菱重工爆破事件も、完全に終わったと言えないのです。うー







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