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乱 射

アメリカでは時々銃乱射事件が起きますが、過去に日本で・・・それも東京のど真ん中で同じような悲劇が起きたことを、ご存知でしょうか?  


今からちょうど50年前の今日・1965(昭和40)年7月29日に起きた

 渋谷ライフル乱射事件

の犯人Kは、驚くべきことに18歳の未成年だったのです。


Kは1947年に東京・世田谷区で4人兄弟の末っ子として生まれました。

小学生の頃から銃や兵器に関心を示し、ミリタリー雑誌 『丸』 を愛読。
父親は元陸軍上等兵だったこともあり、息子が銃器好きだったことに理解を示しつつも、


「間違っても銃で人を殺すな。 そんな事をするくらいならまず自分が死ね。」


と言い聞かせていたというのですが・・・。

彼が中学校卒業前に、長姉が卒業祝いとして35,000円のライフル銃と4,000円の照準器をプレゼント。

銃の所持は18歳以上という法律があったのですが、何とこの姉は自分名義で購入し弟に与えたとのこと・・・結果的に、これが事件の〝引き金〟となりました。

中学卒業後、自衛隊入隊を目指したものの試験に落ちた彼は自動車修理工場に就職するも長続きせず、タンカーのコック見習いに。

そして実際には退職していたにもかかわらず、家族に長期休暇を取ったとして帰省した彼は、何故か神奈川県座間市内の松林で自ら

「子供が銃を撃っている」


と警察に通報。

駆け付けた警察官の胸をライフルで撃ち、ピストル・制服・警察手帳を強奪。

後からやってきた警察官にも発砲し、逃走。

その後警官になりすましたKは車を強奪して渋谷に向かわせ、同区北谷町の銃砲店に押し入ると店員を人質にして籠城すると、ライフルを乱射。

近くを通る山手線は運転を取りやめ、周囲には野次馬が3,000人と警察車両が60台以上終結、周囲は騒然となりました。


      


しかし午後7時過ぎ、警察が催涙弾を店内に撃ち込み、たまらずKが裏口から飛び出したところを取り押さえ、事件は終結。

1967年4月、横浜地裁で無期懲役判決が出ましたが、翌年11月に出された東京高裁の二審判決は死刑。

更に翌年には最高裁で二審判決が支持され、死刑が確定。

『僕は親不孝の許しを乞い、被害者の方の冥福を祈りながら静かに死んでいきます。


でも、ぼくのような人間が2人と出ないよう、この社会から2度と出ないように、この最後の辛さ・苦しさの心境だけは若者たちに伝えてください。


自分との闘いに負けた人間の最後の哀れな姿が、自分をして、自分で自分の首を絞めるようなもので、こんな人間にだけはなるなと教えてやってください。


これが、僕の最後の頼みです。』

という言葉を残し、1972年に死刑は執行されました。

彼がそうかどうかは別にして、過去に起きた少年・少女による殺人事件の犯人にはサイコパス(精神病質者)が多いと思います。

彼らは性犯罪者同様、自分の意志でその衝動を抑えられません。

子供の頃から小動物を殺し始め、やがては殺人に至るパターンが多いですが、それを防ぐには間近で見ている家族がそれに気づいて対処するしかないでしょう。

今回のケースでは、姉がその衝動を止めるどころかライフルを与えることで暴走を加速してしまった感があります。

しかしそれは結果論かつ第三者の見立て・・・もし私が彼の兄や父親だったら警察に通報出来たか? と問われると、明快にイエスとは言えません。

どうすれば彼らサイコパスの犯罪を未然に防げるのか?

非常に難しい問題であることを、この事件は物語っている気がします。うー


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