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幼 妻

現代は晩婚が当たり前・・・30,40歳代で初婚という方が数多くいらっしゃいます。

しかし〝人間50年〟の戦国時代は10歳代で結婚するのが当たり前・・・ですが、いくらなんでもこれはちと早すぎるのでは? と思われるお輿入れがあったのが、今から412年前の今日・1603(慶長8)年7月28日のことでした。

その新婦とは


 千 姫


当時なんと7歳!驚き顔   幼妻というより、まだほんの子供。

とは言え彼女、血筋は凄いんです。

父親は後の2代将軍・秀忠。ということは、当然祖父は家康。
母親の江は浅井長政の三女・・・つまり江の母親はお市の方。
従って千姫の大伯父はあの織田信長ということ。

1597(慶長2)年に生まれた千姫は、祖母・お市の方の血を受け継いだ美女だったといいます。

お相手の新郎は、豊臣秀頼。

こちらもまだ10歳の子供・・・とはいえ、彼は既に3歳の時に元服を済ませており、扱いとしては大人でした。


この2人の結婚は、千姫が生まれた翌年に没した秀吉の意向に沿うものだったとか。

1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いで勝利し、2人が結婚する4ヶ月前に征夷大将軍となった徳川家康は、江戸城の普請などに一定の勢力があった豊臣家に配慮し、秀吉の遺訓に従い2人の結婚を承諾。

これぞまさに政略結婚・・・でなければ、10歳と7歳の子供をくっつけようとはしないでしょう。


       


しかし子供同士の新婚生活って・・・どんなだったんでしょうネ。
今でいう、ままごとみたいなものだったんでしょうか?

一説には、2人は非常に仲睦まじかったということですが、しかしその結婚生活は12年で終わりを告げました。

1615(慶長20)年の大阪・夏の陣で、秀頼は妻の実家・徳川家の総攻撃を浴び、炎上する大坂城内で自刃。

千姫は祖父・家康の命により救出され、その翌年には桑名藩主・本多忠政の嫡男・忠刻(ただとき)と再婚。


長女・勝姫と長男・幸千代に恵まれましたが、長男は3歳で夭折。

その後、夫・姑・母を立て続けになくす不幸に見舞われた彼女は本多家を出て江戸城に戻り、その後出家。

その後勝姫は池田光政に嫁ぎ、彼女は一人暮らしに。

しかし弟の3代将軍・家光の側室・夏と家光の三男・綱重と暮らすようになり、大奥で強い権力を手にしたといわれていますが、1666(寛文6)年に70歳の生涯を閉じました。

7歳で結婚し、18歳で夫と死別。 19歳で再婚し、29歳で再び未亡人。

以後40年一人身の生活が続きましたが、周囲に大事にされた彼女の人生は、幸せだったのかもしれません。

いや、できれば秀頼と長く添い遂げたかったのかも・・・。
こればかりは、ご本人にしか分かりませんネ。


皆さんは、平凡かつ地味な一般人の結婚生活と、千姫のような華麗な血筋と早婚かつ波乱万丈な生涯・・・どちらを選びますか?あせあせ




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