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滑 落


その昔、「山は動いた」 と言って人気を集めた女性政治家がいましたが、今からちょうど30年前の今日・1985年7月26日、本当に山が動いてしまいました。


それは私の故郷・長野市・・・それも母校・長野高等学校のすぐそばで起きた


   ぢづきやま

  地附山地滑り災害


小学生の頃は、夏休みには早朝から昆虫採集に出かけたり、頂上まで運んでくれる 『善光寺ロープウェイ』 に乗ったりと実に思い出深いスポットだっただけに、事故当時は東京でサラリーマンをしていた私にとっても大変ショックな出来事でした。


同年6月の梅雨期に例年の2倍の降雨量を記録した長野市・・・1週間ほど前から、現地では「バキッ」という樹木の根が切れる音や、市内から飯綱・戸隠高原を結ぶ有料道路・戸隠バードラインに亀裂が入るなど、様々な予兆があったとか。

県など行政が24時間で監視体勢を敷く中、同日午後5時頃に大音響と共に中腹から地滑りが発生。


幅約450m、長さ約350mにわたり、約500万㎥の土砂が滑落。


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草

膨大な量の土砂が麓の湯谷団地・望岳台団地に押し寄せて全半壊家屋は60棟に上りました。


同地区の住民は予め避難の準備をしていたため大事には至りませんでしたが、老人ホーム・松寿荘の寝たきり老人は避難が遅れたため、26名が犠牲に。

私は幼稚園児の時にその松寿荘を慰問し、歌ったりお遊戯をしておじいちゃん・おばあちゃんに大変喜ばれたことを憶えていただけに、一層胸が痛みました。


中高年の方はご記憶だと思われる当時のニュース映像が、こちらで1分28秒過ぎからご覧いただけます。(


   < http://www.youtube.com/watch?v=ks9Z-uNSyec >


メリッ、メリッと徐々に崩れていく様子は、一気に崩れるよりも恐怖感があります。 


自宅がこんな形でひしゃげていく姿を見せられたら、堪らないでしょうネ。

で、私が最も驚いたのは、この数日後。


たまたま実家に電話した時に、オヤジから 「実は20年前に家を建てる時、湯谷地区にするかどうか迷ったんだョ。」 と聞いたこと。


当時オヤジは県庁勤務で地附山近辺の方が通勤距離は近かったのですが、何故か最終的にはそこよりも遠い現在地に建てたのだそうな。


全くの偶然なのか、はたまた何らかの力に導かれたのか?・・・いずれにせよ、もし地附山の麓に建てていたら、実家は消滅していた可能性があったわけです。


現場は今ではすっかり修復されて傷跡は殆どなくなりましたが、現地を含め山間部で今後何が起こるかは、神のみぞ知るところ。


一寸先は闇といいますが、人間の運命なんて分かりません。うー





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