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利 益

神社仏閣にお参りした際、皆さんは様々な願い事をすると思います。

しかしその願いは必ずしも叶うとは限りません。 そんな時、


「せっかくお賽銭奮発したのに、ご利益がないじゃないか!」

なんて腹を立てる人、いませんか?

その 『ご利益』、とかく〝神仏の力によって授かる利益〟という意味合いで使われますすが、それは決して間違いというわけではありません。

しかし、私が大変尊敬している名僧、


 松原 泰道  (1907-2009) 


は、こう説かれています。

〝信仰とか信心とかいうと、自分の願いや望みを叶えてもらうため神仏に頼むことだと考えている人が多いようです。

そしてその頼みごとが叶うと 「ご利益があった」、叶えられないと 「ご利益がなかった」 と、どこまでも自分本位で、他人のことなど全く棚上げにして平気です。

そんなエゴイズムを信仰や信心というのは正しくありません。

利益の正しい意味は、他人のためになったり、他人を救うことです。


           松原泰道師


そう仰る松原師、実は1954年9月26日に起きた死者・行方不明者1,155人を出した日本海難事故としては最悪の『洞爺丸転覆事故』に巻き込まれる寸前だったのだそうです。

※当該事故に関する過去記事は、こちら。(↓)

< http://ameblo.jp/warmheart2003/entry-10923435851.html>

松原師が北海道で講演を行い、その後観光して帰るつもりだったそうですが、修業時代の先輩だった方が、

「台風が近づいているから、早く帰れ。」

と、無理やり洞爺丸より1本早い青函連絡船に乗せたことで、命を救われたのだとか。

この話を聞いた新聞記者から、

「やはり信心の篤い方はご利益があるんですネ。」


と言われた松原師は、

「私が死んで他の人が助かったならばそれはご利益だけども、私1人が助かって多数の人が亡くなったのはご利益であるはずがない。」

と語られたとか。

その沈没した洞爺丸に、キリスト教の宣教師が乗っていました。

アメリカとカナダの人だったそうです。

日本人の若い母親が救命胴衣がなくて困っているのを見て、ご自身の救命胴衣を手渡し、亡くなられました。

ご子息曰く、その宣教師は泳げなかったのだそうな。

今後お参りする時には、〝ご利益〟の意味を深く考えなければいけないようです。笑3


                       (※月刊 『致知』 8月号より抜粋・編集にて)



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