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風 刺
日本人でコレを読んだことも見たこともないって方は、まずいないでしょうネ。 今日はその

 漫画の日


なのだそうです。

由来は、日本ではなくイギリス。


今から174年前の今日・1841年7月17日に、同国で絵入りの週刊風刺漫画雑誌 『パンチ(Punch )』 が創刊されたことに因むとか。


         

大衆に人気だった人形芝居 “Punch and Judy ” の主役から名前をもらったこの雑誌は人々の人気を博し、1992年に廃刊となるまで約150年に渡り人々を楽しませました。

日本版の『ジャパン・パンチ』がチャールズ・ワーグマンによって発刊されたのは1862年・・・つまり明治維新前にの日本に漫画雑誌はあったんですネ。

ところで英語では “comic ” あるいは “cartoon ” と言われていますが、これをいつから漫画と言うようになったのでしょうか?


もともと風刺画としては、平安~鎌倉時代に描かれたとされる国宝の 『鳥獣戯画』 が日本最古のものとされています。

また〝漫画〟という単語自体は、中国から伝わった「気の向くままに(文章を)書く」という随筆を意味する漢語〝漫筆〟が日本で画を描く意味を含めた〝漫筆画〟になりもそれが更に変化したもの・・・と考えられています。(※他説あり)


この単語は葛飾北斎の『北斎漫画』や尾形光琳の 『光琳漫画』 など江戸時代から使われていますが、現在のような マンガという意味合いで使われるようになったのは明治時代以降。

初めて使ったと言われているのは、今泉一瓢(いっぴょう 本名:秀太郎 1865-1904)という漫画家。

この方、なんと福澤諭吉翁の甥っ子。

福澤翁が彼の画才を見抜いて錦絵を描かせたのが漫画家になるキッカケだったとか。

慶應義塾卒業後に石版・写真技術を学ぶため渡米した後、時事新報社諷刺画を担当し、1895(明治28)年に 『一瓢漫画集初編』 を出版。

   
                今泉一瓢・作


彼は『一瓢雑話』の中で、


「漫画というものは、一口にいえば滑稽書であって、その内に風刺的なものを含んだのもある、また含まないのもある。

日本に昔からあるものは俗に鳥羽書、あるいは北斎漫画のやうな類の書であって、この他にはオドケ書と云う。」

と漫画を定義しています。

彼は40歳の若さで病没しましたが、その後を継いだのが日本初の職業漫画家となった北澤楽天(本名:保次 1876-1955)。

          



父親から日本画を、松室重剛らから洋画を学んだという彼の才能を見抜き、横浜の英字新聞社『ボックス・オブ・キュリオス』 に紹介したのが、これまた福澤諭吉翁でした。

社で漫画欄を担当していたオーストラリア出身のF・A・ナンギベルという漫画家の下で技術を学んだ彼は、ナンギベルが帰国した後も同紙の漫画欄を担当。

彼の成長ぶりを見た諭吉翁、今度は時事新報社に入社させて一瓢の後継者に。

1915(大正4)年に、日本初の漫画家団体 『東京漫画会(後の日本漫画会)』 設立に参画した彼は、その後新人育成にも力を注ぎ、手塚治虫らが彼の作品から影響を受けたとか。

comic ” ・ “cartoon ” の訳語として漫画という単語を使用したのは彼が最初といわれ、同時に〝近代漫画の祖〟ともいわれています。


それにしても、『学問のすすめ』で名高い福澤先生が漫画にも深く関わっていたとは・・・塾出身者としては驚くやら、鼻が高いやら!?ペン




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