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正月恒例・箱根駅伝のテレビ中継で箱根の山登り・山下りの際に必ずその名がアナウンサーの口から出るのが、

 富士屋ホテル

この日本情緒をたっぷり残す名物旅館が開業したのが、今から137年前の今日・1878(明治11)年7月15日のことでした。

創業者は、我が慶應義塾の先輩・山口 仙之助 氏(1851-1915)。


           

現在の横浜市神奈川区に漢方医の息子として生まれ、外国人向け遊郭の経営者の養子となった彼は、20歳で渡米。

生活苦のため皿洗いをするなど苦労を重ねた末に資金を貯め、日本には畜産が有益だという考えから牛を7頭購入し帰国し、慶應義塾に入学。

そこで福澤翁から国際観光の重要性を説かれた山口氏は方針を転換。

卒業した1878年に、牛を売却して得た資金を元手に 『藤屋旅館』 を買収・改装して日本初のリゾートホテルとして開業したのです。

『富士屋』 としたのは、外国人り憧憬の的が富士山であり、それを眺望できる場所だったことからだそうな。

ところがその僅か5年後、宮ノ下大火に巻き込まれて焼失。
しかし翌年には客室を再建して営業を再開。

1887(明治20)年にはホテルが資金を出して有料の人力車道を作ると、その翌年には本館が完成。


       

               再建直後の本館


この本館は木造でありながら大変強固な建物で、関東大震災の際もガラス戸1枚割れずに残り、現在でも1階フロント・ロビー、2階が客室として使われている歴史的な建築物で、登録有形文化財に指定されています。


そして1893(明治26)年、箱根の老舗・奈良屋と協定を結び、富士屋ホテルは日本初の外国人専用ホテルに。

これは1912(大正元)年まで続けられ、その間財閥の雄・岩崎弥之助や古川市兵衛が宿泊に音訪れても、絶対に泊めなかったといいます。

なぜ山口氏がそこまで外人に拘ったのか?・・・それは彼が 「このホテルは外貨を稼ぐために創立した」 から。

それにしても、その徹底ぶりには驚かされます。

その年に宮ノ下水力電気合資会社を設立したり、1906(明治39)年には
今日の『日本ホテル協会』の前身である『大日本ホテル業同盟会』を決済し、初代会長に就任するなど、箱根だけでなくホテル業界全体の発展に大きく貢献した山口氏は、亡くなる2年前まで社長として辣腕を振るいました。

その後も発展・拡大を続けた同ホテルは箱根というより日本を代表するホテルとして国際的に知られるようになり、宿泊客もヘレン・ケラー、チャップリン、ジョン・レノン&オノ・ヨーコ夫妻等々、多士済々。

更には1965(昭和40)年には昭和天皇がお泊りになられるという栄誉に浴しました。

現在は国際興業グループによって運営されていますが、多くの施設は歴史あるもの。

でもお値段は1泊2食付で2万円ちょっとから。

またチャップリン・ファンの方には、彼が実際に宿泊した本館45号室に1日1名限定の1泊2食付きプラン約3万3千円なんてスペシャル・ブランもあるとか。

有名な割にリーズナブルだと感じるのは、私だけ?

明治の香りを残すこの由緒あるホテル・・・駅伝でチラッと見るだけでなく、実際に泊まってみてはいかがでしょう。笑2





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