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霊 性

今でもおよそ9割の葬儀が仏式葬で執り行われていますから、葬儀屋にとっても縁の深い仏教。

その仏教において、一般的に最後というか一区切りの法要・・・〝忌上げ〟と言われているのが、『五十回忌』。

今日、その五十回忌(※没後49周年)を迎える、日本を代表する仏教学者が

 鈴木 大拙 先生


        


鈴木(本名:貞太郎)先生は金沢藩の藩医を務めていた父親の四男として、1870(明治3)年に石川県金沢市に生まれました。


第四高等中学校(現・金沢大学)に入学するも19歳の時に中退して上京。

一時は小学校の英語教師をしていましたが、東京専門学校(現・早稲田大学)を中退後22歳で東京帝大・文科大学哲学科選科に入学し、在学中に鎌倉の円覚寺に参禅し禅の研究を行いました。

(この当時、同じく禅の研究で円覚寺を訪れていたアメリカ人女性ベアトリス・レーンさんと、後に結婚。)


24歳で円覚寺の釈宗演師から〝大拙〟の(居士)号を受けると、その師の依頼を受けて大学卒業後27歳の時に渡米。

東洋学者P・ケーラスが経営するオープン・コート出版社の編集委員として11年間イリノイ州に滞在し、『大乗起信論』や 『大乗仏教概論』 など禅に関する著作を英文で出版し、海外での禅・仏教文化普及に大きく貢献しました。


帰国後は学習院大学や東京大学で講師を務め、大谷大学等で教授に就任。 またケンブリッジ大学・ハーバード大学で講演を行うなど精力的に活動を行い、1949(昭和24)年には日本学士院会員になると同時に文化勲章を受章。


更に海外で講演活動を続けると共に鎌倉に松が丘文庫を設立。

生涯を仏教・禅の研究に捧げ、1966(昭和41)年7月12日、96歳で大往生を遂げられました。


先生はご自身もアメリカ人女性と結婚をされ、また長くアメリカに滞在し欧米の大学で講演をされるなど、日本人仏教家としては珍しく西洋思想を学ばれた上で禅や仏教を考えられた、実に国際的な感覚の持ち主。

広い視野で仏教を学び知るには、先生の著書が必読書といえましょうか。
とは言え、大拙先生が残された著書は約100冊(内23冊が英文)。

仏門にない私がその全てを読むことは到底叶わず・・・自宅の書棚には、以下の3冊が。

  


左から『日本的霊性』・『無心ということ』・『禅とは何か』(角川ソフィア文庫・刊)・・・いずれも禅の基礎を大拙先生が説かれたもの。

とはいえ、素人の私にはなかなか理解しがたいレベルですけれど。あせあせ


特に先生が重きを置かれていると思われるのが、〝霊性〟。


霊性とは、霊(魂)・神仏など超自然的な存在を信じること、またはそれを感じること・・・と言えばよろしいでしょうか。 先生曰く、

「精神(や心)を物(質) に対峙させた考えの中には、精神を物質に入れ、物質を精神に入れることが出来ない。 精神と物質との奥に、今一つ何かを見なければならぬ。

2つのものが対峙する限り、矛盾・闘争・相剋・相殺などということは免れない。 それでは人間はどうしても生きていくことは出来ない。

何か2つのものを包んで、2つのものが畢竟(ひっきょう=結局、最終的)するに2つではなく1つであり、また1つであってもそのまま2つであると見るものがなくてはならぬ。

これが霊性である。」

大拙先生の禅・仏道の探求は、この霊性の自覚・開発を目指し続けたものだったとのこと。

難しいことは私には分かりませんが、先生の著書の中にこんな一文が・・・。(一部編集・抜粋にて)

「日本の近頃の宗教界はもちろん、政治の世界でも何でもやたらに理屈を言わねばいかんという傾向になっています。

これは西洋の学問が入って来た影響だろうが、宗教というものはそうでないところ、すなわち理屈のつけられないところにあるのです。

阿弥陀さんのある証拠を論理的に証明しろと言われても、それは難しい。

阿弥陀さんは、あるから信じるのではなくて、信ずるからあるのです。

信ずることができるから、あるのです。」

まさに、〝信じる者は救われる〟の世界と申せましょうか。

あるいは、『燃えよドラゴン』冒頭におけるブルース・リーの名台詞、“Don't think,feel!” の境地といえば分かりやすいかも?


宗教は難しく考えず、自らの感じるままに、そして信じることから始まる・・・そんなことを考えつつ、近代日本における偉大な仏教学者のご冥福をお祈りしたいと存じます。笑3




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