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器 量

今から58年前の今日・1957(昭和32年)年7月10日、第一次岸改造内閣が船出しましたが、その時に戦後初めて30歳代で(郵政)大臣に任命されたのが、


 田中 角栄


でした。

その後彼は44歳で大蔵大臣、47歳で自民党幹事長と政府・党の要職を歴任し、54歳という(当時としては)史上最年少で総理大臣のイスに座ったことは、みなさんもご存じの通り。

コンピューターつきブルドーザーと言われ、就任直後に電撃的な中国訪問を敢行して日中国交回復の道筋をつけたものの、折からのオイルショックに足を引っ張られ、更に金権政治批判により在任期間2年7ヶ月で辞任。

更にロッキード事件によって逮捕されるという、政治家としてはまさに天国と地獄を味わうことに・・・。

しかし私は政治家として、いや人間として田中氏を大変尊敬しています。

現代の永田町には、残念ながら彼ほどの力量・人間的魅力に溢れた政治家は見当たりません。

世襲でも何でもなく、新潟の山深くに住む牛馬商の父の許に生まれ、中卒で裸一貫上京した角栄少年が我が国の最高権力を握るまでの過程は、到底凡人に真似できる芸当ではありません。

今日は、そんな彼の非凡さを感じさせるエピソードをご紹介致します。


          ◆     ◆     ◆     ◆


小学校高等科卒の田中角栄が、44歳で大蔵大臣になった昭和37年の暮れの話である。

東京新宿界隈で土建業を取り仕切る大ボスの八十翁が、角さんの近況を知りたいといって神楽坂の料亭に秘書官の私を招き、こんな話をしてくれた。

             
 


〝角ちゃんが18歳で小さな土建屋を始めて間もなく、ここに俺を呼んだ。


でかい座敷に芸者10人もはべらせてね。 飲んだり、食ったり、わいわいやって達者な助平話で皆を笑わせてなあ。 宴たけなわの頃、

「オヤジさん、気に入った妓(こ)を2、3人連れて上に上がってくれ。 布団が用意してある。」

若造がぬけぬけと言い放った。 


「女には飽きたよ。」

と俺が笑ったら、

「そうかい、じゃあ俺と寝よう。」

としれっと切り返してきた。


仰天したね。 鳥肌が立った。 

俺がOKしたら、奴は本当に尻を向けたんだ。


仕事が欲しい。俺の気を引きたい。 その一心だろう。

顔では笑ってたけど、内心じゃ命がけだったに違いない。


後で聞いたら、料理屋のカネも借金で賄ったという話なんだ。


えらくなる奴は、若いうちから違うもんだねえ。〟


                      『オヤジの知恵』 (早坂茂三・著)より


          ◆     ◆     ◆     ◆


20歳前で同じ場面に立たされた時、このセリフが即座に出てくる人って、どれくらいいるんでしょう?

少なくとも私には到底出来ない芸当です。

まさに〝栴檀は双葉より芳し〟。

一国の宰相になる人物は、一味も二味も違うということなのでしょう。

角さんのような器の大きい政治家・・・世襲議員ばかりが幅をきかせる日本には、もう現れないのでしょうか?うー





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