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壮 絶

建築・土木の世界といえば、典型的な男性社会・・・ですが、今日はその中で数少ない女性建築家として活躍された


       よりこ
 長尾 宣子 さん


の命日にあたります。

あまりマスメディアには登場しない方でしたが、手がけた設計が原宿のラフォーレ、六本木のアークヒルズ、お台場のホテル日航東京などですから、メジャーな設計家だったことはお分かり頂けると思います。


       
        ホテル日航東京をバックにした長尾さん


長尾(本名:海老根)さんは、終戦直後の1946(昭和21)年に福岡県田川郡に生まれました。

元々は画家になりたかったという彼女は地元の高校から武蔵野美術大学を目指しますが、美術科は難関だったため、後で転部することを目論み建築科を選択。

しかしそこで建築学に魅了されてしまったのですから、人生は分かりません。

ところが当時は女性を雇ってくれる設計事務所は皆無。

そこで彼女は一計を案じ、新聞記者だった父親のコネを使って地元代議士の秘書となり、その代議士と建築業界紙の社長の間を取り持ったことから大手の設計事務所に女性初の建築士として就職することに成功。

以後結婚・退職・再就職を経ながら森ビル社長の知己を得るなどして、1984年に山宣設計を立ち上げて独立するに至りました。

建設業界で女性が生き残るだけでも大変だったと思いますが、もうひとつ長尾さんを取り上げた理由・・・それは、彼女を襲ったガンとの壮絶な戦いがあったから。

理系・建築家らしく理論的にガンと向き合った彼女は、こんな著作も残しておられます。


 燃えるがごとく、癌細胞を焼きつくす

   ―最高のインフォームド・コンセントを求めて三五館 ・刊


    


「備えあれば憂いなしと言いますが、今考えれば、これほど街にガンの情報が氾濫しているというのに、ご多分に漏れず私もガンになって初めて、ガンについて知ろうと思いました。

もしこの病気についての知識をもう少し身に着けていたなら、これ程壮絶な体験にはならなかったのではないかと悔やまれます。」


自ら前書きに記された本書・・・表題だけで、その闘いぶりが伝わってきます。

建築家になりたい一心であらゆる可能性に挑戦し実現した長尾さんの生き様は、このガンとの闘いにも存分に発揮されました。

その具体的な中身は本書を読んで頂きたいと思いますが・・・3年間に7回、そして亡くなるまで10回も手術を受けたという長尾さんの闘病生綴った同書を読み終えた私の脳裏には、
〝壮絶〟という言葉しか浮かびませんでした。

人によっては 「何と言う我が儘な・・・」 と思われるかもしれませんが、あらゆる可能性に
賭けてガンに立ち向かう姿勢は、医師や看護婦が舌を巻くほど強烈。

私自身、数年前に急病・緊急手術で命拾いしましたが、果たしてここまで戦い続けることができるかどうか・・・。

長尾さんが8回目の手術を受ける直前までの闘いを記した本書を皆さんにご一読をお勧めすると共に、担当医をして〝がん患者の手本のような人〟と言わしめながら、17年前の今日・1998年7月5日にまだこれから、という52歳の若さで天に召された長尾さんのご冥福をお祈り致します。笑3


        

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