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武闘派

今日・6月30日は、私が最も尊敬する経営者の1人であり、〝クロネコヤマトの宅急便〟の創始者・ヤマト運輸(現・ヤマトホールディングス)の元社長であった


 小倉 昌男 


の命日・没後10周年にあたります。


1924年生まれの小倉氏は子供の頃から大変な秀才で、東京帝国大学経済学部卒業後、父・康臣氏が経営する大和運輸に入社します。


一時は関東エリアのネットワークを構築し、社員500人余りを抱える日本有数の運送会社だった同社は、長距離便への進出が遅れたことから経営が悪化。 


康臣氏から社長を引き継いだ昌男氏が起死回生を狙った秘策が、『小口貨物配送サービス』 すなわち宅急便でした。


発想のヒントになったのは、牛丼の吉野家だったとか。

売り物を牛丼一本に絞って業績を挙げていた同社の経営方針を見て、運送業でも取扱い商品を絞り込んだらどうか・・・と考えたわけです。


当時の全役員が猛反対する中で、大きな経営方針転換を不退転の決意で行った昌男氏・・・そのバックボーンとなったのは、現場で働くドライバー達の支持だったといいます。


「今までは時間厳守で運搬するのは当たり前、少しでも遅れれば荷主からボロクソに言われてたのに、小っちゃな手荷物ひとつ届けただけで、奥さんから〝ありがとう〟 って言われることにやり甲斐を感じる。」


お客様や現場の喜ぶ声を信じた小倉氏の経営センス、お見事というしかありません。


        


さらに淒いのは、既存大手業者と癒着(?)して、なかなか営業認可を下ろさなかった旧・運輸省を相手取り、行政訴訟を起こしてまで徹底的に闘ったことでしょう。


当時は現在よりもはるかに絶対的な権力を持っていた中央官庁を一企業が訴え、しかも主張を通したのは、偏に小倉氏の燃えるような執念があったればこそ。


そのおかげで私たちは今、便利な宅配サービスの恩恵に俗しているのです。 


宅配事業に社運を賭けた時には、超大口顧客であった三越と取引を停止して背水の陣を引くという豪胆さと、長野支店の一社員の発案をすぐに取り入れてスキー宅配便を始めたり、現場ドライバーの声を取り入れて年末年始営業を実施するなどの柔軟性を兼ね備えた、素晴らしい経営者であった小倉氏。


社業から身を引いた後も、私財を投じて財団を設立し身体障害者の働く場としてベーカリーを立ち上げるなど、2005年6月30日に80歳で亡くなるまで世のため人のために尽くされました。


〝人間として大事なことは 『真心』 と 『思いやり』 〟


〝サービスが先、利益は後〟


小倉氏が口癖のようにおっしゃっていたこの言葉をかみしめつつ、2代目で会社を飛躍させた稀代の名経営者のご冥福をお祈りしたいと思います。笑3


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