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録 画

今時の若者には、「VHSって、何?」 って言われちゃうかもしれませんネ。

だって、もうビデオテープ・レコーダーがないご家庭も多いでしょうから・・・。

しかし今からちょうど50年前の今日・1969(昭和44)年10月29日、後にVHSとβの両陣営に分かれて火花を散らすこととなる松下電器とソニーが揃って


 ホームビデオ

の開発を発表した時は国民を驚かせ、また喜ばれました。


当時、自分の好きなテレビ番組を家庭で録画して楽しむのは夢のようなことであり、各家電メーカーにとって家庭用ビデオレコーダーの開発は、大きな収益を期待できる新分野。


当初β方式を採用するソニーが先行していましたが、ビクター・高野鎭雄氏が中心となって(会社上層部に対して秘密裏に)開発を進めたVHS方式が追い上げる展開に。


各メーカーが両陣営に分かれ発売・開発が進められましたが、1975年9月3日に、『経営の神様』・松下幸之助翁が試作品を見て発した


「βは100点満点、しかしVHSは150点満点。」


という鶴の一声(?)が効いたのか、松下電器がVHS方式採用を決定して以降VHS陣営が徐々に巻き返し。

1980年には国内生産比率が逆転、85年にはVHSが実質的な世界基準となったのです。


※幸之助翁がVHSを評価したのは、部品点数が少なく軽かったことが決め手だったといわれています。  

「お客様が買って自分の手で持ち帰り、すぐにビデオを見られなアカン。」・・・さすが〝経営の神様〟の着想は違いますネ。


この10年以上にわたるビデオ競争について詳細に知りたい方には、こちらのご一読をお勧めします。

 『映像メディアの世紀』 (佐藤正明・著 日経BP社・刊) 


       


そして私がこのビデオ戦争に関連して一番感動したのは、日本ビクター・(故)高野鎭雄氏のVHS開発秘話を取り上げたNHKのTVドキュメンタリー番組・・・かの有名な『プロジェクトX』の中でも傑作のひとつ、同シリーズ第2回目として2000年4月に放映された


 『窓際族が世界規格を作った VHS・執念の逆転劇 


を観た時。

もちろん私は、この番組をVHSビデオテープで録画しています。


        

ホームビデオ開発が発表される前年の1968年、当時業界8位だった日本ビクターも脚光を浴びつつあったビデオ事業に乗り出しましたが、赤字続き。

「1年やればクビが飛ぶ」 と言われたビデオ事業部長に任ぜられたのは高野鎮雄氏(当時47歳)でした。

周囲の冷ややかな反応にもかかわらず、彼は決して夢を捨てず、僅か3人のエンジニアで極秘プロジェクトを開始し、本社には一切報告せずに新型ビデオの開発を続け、遂に・・・。

同番組内で、前述の松下幸之助氏の決定的な発言が出てきますが、私が個人的に感動したのは、
高野氏が副社長退任記念パーティーで

「ぜひ皆さん、何でもいいですから夢中になってください。」

と挨拶する場面と、その2年後ガンで亡くなられた葬儀当日、社員全員が見送るビクター横浜工場を、高野氏の遺体を乗せた霊柩車がクラクションを鳴らしながら、静かに通り過ぎる場面。


・・・何回見ても泣けます。

DVDも販売されていますが、こちらでご覧いたたくこともできますので、是非!


    https://https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.dailymotion.com/video/x3lwk1y


私はホームビデオ記念日の今日、久しぶりにVHSで録画した同番組を楽しむつもりです。


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