FC2ブログ
OXI!

海外旅行の人気が高く、近代オリンピックの第1回大会が開催されたことで、また近年では財政破綻が表面化しEU分裂の元凶となった、ギリシャ王国。

同国で(長く支配されていたオスマン帝国からの独立を1821年に宣言した)3月25日の独立記念日とともに大事な祝日が、今日10月28日の


     参戦記念日
  Επέτειος  του  Όχι


なのだそうな。


1939年に第二次世界大戦が勃発すると、当時ギリシャの首相だったイオアニス・メタクサスは中立を保っていました。

       


しかし翌1940年8月、それまで伝統的な友好国であったイタリアの潜水艦がギリシャの巡洋艦エリ号に魚雷攻撃を仕掛けます。

バルカン半島での勢力拡大を狙っていたムッソレーニにとって、ギリシャがイギリス寄りに傾くことを恐れての先制攻撃でした。


そして同年10月28日早朝、在アテネのイタリア公使がメタクサス首相に最後通牒を突きつけ、イタリアのギリシャ国土自由通過権を要求。

しかしメタクサス首相は即座に“Oxi ” (英語でNo ) という一言で、これを拒否。

これを聞いたギリシャ国民も一様に “Oxi ” と声を上げたとか。

参戦記念日は、この史実に由来して制定されたものなのです。

この拒否を受け、イタリアはギリシャに宣戦布告。

するとメタクサス首相はアルバニア国境でイタリア軍と激戦を展開して圧倒的な勝利を収めると、数日内にイタリア軍全てをアルバニア後方に撤退させました。


 


イギリスも、ギリシャを空爆で支援・・・しかし運悪く、メタクサス首相はこの僅か3ヶ月後の1月29日に咽頭ガンを悪化させてアテネで死去。

彼を引き継いだ中央銀行総裁アレクサンドロス・コリジスも、ギリシャに侵攻してきたドイツ軍に抗いきれず、4月28日に自決。

その翌日、アテネはドイツ軍に占領され、国王は海外に亡命。

そして翌年4月に起きたギリシャの戦い(ギリシャとイギリスの連合軍対ドイツ・イタリア・ブルガリアの枢軸国)に破れると、国土は枢軸国に分割統治され、第二次世界大戦終結後も共産主義左派と王党右派の間で衝突が起き、ギリシャ内戦が勃発。

内戦が終結したのは1949年になってからでした。

まさに周辺諸国によってズタズタにされた感がありますが、だからこそイタリアの要求を撥ねつけた日を国民は参戦記念日として祝うのでしょうネ。


    
                記念日用のポスター


当日は、ギリシャ各地で大々的にパレードなどが行われるそうです。

    

この経緯から分かるのは、いかに中立を宣言しようとも相手は自国の利益のためならそんな事を無視して攻め込んでくる、ということ。

当然憲法9条があろうがなかろうが、侵略しようと目論む相手にとっては全く関係ない話。

もちろん相手の国に乗り込んで酒を酌み交わして・・・なんて御伽話は通用しません。

もし相手国に入り込んだら、問答無用で殺されるのがオチ。

侵略から身を守るためには、相手を圧倒する軍事力を持つこと。
これ以外、ありません。


              人気ブログランキング

スポンサーサイト



コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック