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初 代

私のような昭和世代にとって、この方は〝ミスター千円札〟・・・今日は、その日本憲政史上において初代内閣総理大臣に就任した

 伊藤 博文 

の命日・没後110周年にあたります。


        


伊藤公は1841(天保12)年に現在の山口県光市で百姓・林十蔵の長男として生まれました。

9歳の時に萩に移った彼は、その後父親が養子入りした水井武兵衛が足軽・伊藤弥右衛門の養子になったことから、伊藤姓に。


そして17歳の時に松下村塾に入門。

吉田松陰は彼を、「
才劣り、学幼し。 しかし、性質は素直で華美になびかず、僕すこぶる之を愛す」、「周旋(政治)の才あり」と評したそうですから、やはり人を見る目は確かだったようです。

その後同塾で出会った木戸孝允・高杉晋作・久坂玄端らと交友を重ね、1862年には品川御殿山のイギリス公使館を焼き打ちするなど、尊王攘夷の志士として活動。


        

                志士時代の博文公


しかし翌年、自ら志願して井上聞多らと共に〝長州五傑〟の一人としてイギリスに留学すると、西洋列強との国力の違いを目の当たりにして開国・富国強兵論に転向。

1864年、長州藩に対し外国船が攻撃を仕掛けるという情報を知るや、井上聞多と共に急遽帰国して戦争回避のため奔走するも、下関戦争は勃発。

下関の砲台は外国船からの砲撃で完全に破壊され、長州藩は敢え無く敗北を喫すると、彼は戦後の和平交渉に通訳として参加。

その後第一次長州征伐で藩が恭順の姿勢を見せると、『力士隊』 を率いて挙兵。

高杉晋作の 『奇兵隊』 らと共に勢力を伸ばし、藩論を倒幕へと変えることに成功。


そして明治維新後は英語が堪能なことを見込まれ、木戸孝允を後ろ盾に長州閥の有力者として参与・外国事務局判事・大蔵兼民部少輔・初代兵庫県知事・初代工部卿・宮内卿などを歴任。

またその間1871年からは岩倉使節団の副使として渡米、1873年にはベルリンに渡りビスマルクと会見し強い影響を受けたとされます。

そして1877年に木戸と西郷を、また翌年に大久保が暗殺されて〝明治の三傑〟を失い、更に1881年10月に起きた『明治14年の政変』によって、大隈重信が下野。

 ※この政変に関する過去記事は、こちら。(↓)




これにより明治政府の中枢を担うようになった博文公は、同政変時に10年後の憲法制定を約すと、明治天皇の命により憲法調査のため渡欧。

この視察で、博文公はドイツ(プロシア)式の内閣府・憲法導入を決定します。

帰国後1885年12月に新たな内閣制度の下、初代総理大臣に就任。


この時も、対抗馬の三条実美を制した決め手は、英語力だったとか。

まさに、芸は身を助ける・・・ですネ。

448ヶ月という、日本憲政史上最年少で総理大臣の座に就いた彼は、大日本帝国憲法の起草に全力を尽くし、1889年2月に同憲法発布に漕ぎ着ける(※この時は黒田内閣)と、その後も
第5・7・10代と4度も内閣総理大臣を務め、その他にも初代枢密院議長・初代貴族院議長などを歴任し、常に明治政府の中心に身を置きました。

そして日清戦争終結後の日清講和条約の起草・調印に関わり、清国から朝鮮を独立させたのですが・・・結果的に、それが彼の寿命を縮めることに。

1905年11月に韓国総督府が設置され、初代総督として赴任した博文公は、同
国の国力・自治力が高まることを期待し、文盲率が94%だった同国の教育にも力を注ぎました。

しかし1909(明治42)年10月26日、69歳の博文公がロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフとの会談のため訪れたハルビン駅で、韓国の民族運動家・安重根により銃撃され、その30分後に絶命しました。

   
        


※但しこの暗殺にはケネディ大統領と同様に、単独犯ではなく(韓国併合に消極的だった彼を併合強硬派が消したという)陰謀説あり。

11月4日に日比谷公園で国葬が営まれたた博文公は、とかく西郷どんなど維新前後に華やかな活躍をした人々に比べ、あまり目立たず調整型だったためかドラマ・小説などでは脇役的な扱いが多い気が。

しかし内閣総理大臣をはじめ前例のない初代のポストを歴任し、近代日本の道筋をつけた功績は、もっと評価されるべきだと思います。

明代の儒学者・呂新吾が自著『呻吟語』で〝深沈厚重(しんちんこうじゅう)是第一等素質〟と説いていますが、言葉少なに長期的視野に立って考えた博文公は、まさにその典型例。

そんな博文公が残した言葉をまとめた、唯一の自伝といえるのが、こちらの書籍。


 『伊藤博文 直話』 (新人物文庫・刊)


       

長州藩を中心とした志士たちとの関りやその人物評、また憲法や政党に関する考え方が率直に語られており、行間から博文公の人となりも読み取れます。


久しぶりに読み返しつつ、一切賄賂を受け取らなかったという清廉な政治家の冥福を祈りたいと思います。


 


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