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貴婦人

皆さんは、アルファベットの〝Z〟から、どんなものをイメージするでしょうか?

戦前・戦中派ならZ旗? 昭和世代ならマジンガーZ、あるいは学生時代にお世話になった通信添削のZ会?

人それぞれでしょうが、スピード狂の私が真っ先に頭に浮かぶのは、


 フェアレディZ

 FAIRLADY Z


この日産自動車が誇るスポーツカーが発売されたのが、今からちょうど50年前の今日・1969(昭和44)年10月18日のことでした。


開発したのは、米国日産の初代社長に就任した、片山豊氏。(↓)




つまり日本に逆輸入された形だったわけですが、この洗練されたフォルムのボディーながらスペアタイヤ2個分という広い荷物スペースを確保し、かつ84~105万円という低価格だったこのスポーツカーは発売直後から大人気。


    

発売後10年間で総販売台数55万台(内日本では8万台)という、当時のスポーツカーとしては驚異的な数字を残しました。


以後度々モデルチェンジを繰り返していますが、私がこの車を意識したのは、ちょうど損保会社に就職して3年目の1983年から1989年にかけて発売された、3代目のZ31型系。


    


喉から手が出るくらい欲しかったんですが、ちょうど地方・・・それも雪国に転勤してしまったため涙を呑んで購入を諦めた、悲しい思い出が。 


その後も日産以外のディーラーを担当したため縁がないまま現在に至っています。

※現在販売されているのは、6代目のZ34型(2008年~)。

    

しかし高速道路では、その雄姿を何度か目撃したことが・・・それは、パトカーの〝Z〟。

かなりのスピードで私の車を追い越して行った外車を、後ろからサイレンを鳴らして追っかける〝Z〟の、それはそれは速かったこと。

アッという間に追いついたのを目の前で見せつけられ、警察嫌いの私でさえ、惚れ惚れ・・・買わなかったことを後悔したものです。

この〝Z〟が初めてバトカーとして神奈川県警高速道路交通警察隊に導入されたのは、1972年。

この時は日産自動車からの寄贈だったそうですが、その性能に目をつけて購入したのが 『あさま山荘事件』 や 『東大安田講堂事件』 で警察の陣頭指揮を執った、佐々淳行氏。

1975年に、当時三重県警本部長だった彼が、部下から


「東名阪自動車道で、『三重県警のパトカーはオンボロで違反者に追いつかない』 とドライバーにナメられ、平気で違反されている」


と聞き、8台のパトカー導入予算を使って高速道の上下線に1台ずつ、計2台の〝Z〟パトカーを導入。

その効果は絶大で、大幅スピード違反車を次々検挙した話がドライバーの間に広まり、三重県の高速道路から悪質なスピード違反が一掃されたとのこと。 


私と同等、いやそれ以上のスピード狂の方は、〝Z〟パトカーが取り締まっている高速道路では、大人しく走っていた方が身のためです。

    


と言いつつ、今でも〝Z〟のハンドルを握りたい私・・・ついこの前、女王様にお伺いを立てたんです。

そしたら、返ってきた答えは


「そんなにスピードが出る車に私を乗せて、怖がらせたいわけ?」

・・・ダメだ、こりゃ。
うー


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