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今日・10月9日は、〝大正力〟といわれた現在世界№1の発行部数を誇る読売新聞社・中興の祖、


 正力 松太郎 


の命日・没後50周年にあたります。


私のような野球小僧にとっては〝プロ野球の父〟的存在・・・ですが、実際にはそれだけでない、いくつもの顔を持つ人物でした。

       


正力氏は1885(明治18)年、現在の富山県射水市で土建業を営む父・正力庄次郎の次男として生まれました。


子供の頃に川で溺れ、皆が諦めたにもかかわらず母親の懸命な手当てによって奇跡的に蘇生した強運の持ち主であり、高校時代の柔道大会では乾坤一擲の巴投げで強敵を破り母校を優勝に導いた勝負師だった・・・と私が小学校の頃に読んだ伝記に描かれていたことを、うっすらと憶えています。


1911(明治44)年に東京帝大を卒業。 


当初は内閣統計局から警視庁入りした、いわゆる警察官僚でした。


入庁僅か8年で警視総監に次ぐ№2の官房主事に抜擢されますが、この異例の昇進人事は米騒動や市電ストの民衆弾圧・取締りを評価されたもの。


更に1923年に起こった関東大震災直後には、特別諜報班長として各方面の不穏動向の偵察・取締まりを行っています。


特高制度の生みの親とされる正力氏でしたが、同年10月に起きた皇太子(後の昭和天皇)が襲撃された 『虎ノ門事件』 の責任を取らされて懲戒免官に・・・しか強運の持ち主にとさて、これが民間進出のキッカケとなりました。


当時有力経済人の集まりであった 『番町会』 のメンバーから斡旋され、経営不振に喘いでいた読売新聞社の社長に就任。


言論弾圧をする特高の生みの親が新聞社のトップに立つ・・・という何とも皮肉な転進ですが、正力氏はイベントの主催・ラジオ番組欄の創設・夕刊発行など様々なアイデアを打ち出し、部数を伸ばします。


中でも目玉だった企画が、ベーブ・ルースらアメリカ大リーガーの招聘でした。


その対戦相手として組織された日本チームが読売ジャイアンツの前身であったことは、皆さんもご承知の通り。


その後貴族院議員となって政界にも進出。 


戦後はA級戦犯に指定されたものの釈放され、国務大臣を務める一方で日本テレビを創設するなど、政界・財界双方に渡って活躍。


東京ヴェルディの前身・読売クラブの創設を最後に、1969(昭和44)年10月9日、84歳でこの世を去りました。


立志伝中の人物として伝えられてきた正力氏ですが、しかし21世紀に入ってその〝裏の顔〟が明らかになっています。


それは、彼とアメリカCIAの密接な関係。


2006年に早大・有馬哲夫教授がアメリカの外交文書の中からその証拠を見つけ出し公表。


その衝撃的な中身については、有馬教授自らが執筆した 『原発・正力・CIA』 (新潮新書)をお読みいただければ詳しく分かります。(


       ウォームハート 葬儀屋ナベちゃんの徒然草-原発・正力・CIA


ブログタイトルのpodam ・・・これ、CIAにおける正力氏のコードネームなのです。 


なぜ彼がA級戦犯指定から無罪放免になり、その後もマスメディア事業で台頭できたのか? 


また現在懸案となっている原子力発電を、彼が積極的に推進したのは何故か?


正力氏の (総理大臣になるという) 野望と原子力利用が、これ程密接に繋がっていたとは・・・。


またディズニーランド誘致にもアメリカと原子力、そして正力氏が密接に関係していたとは、ちょっと驚きました。


日本有数のマスメディア・読売グループに君臨した中興の祖が、野望を叶える為にアメリカと接近し自ら育てたメディアを利用したとすれば、その報道が中立公平であったかどうかは自明ですネ。


良くも悪くも日本に影響を与えた〝巨人〟・・・いや、〝巨怪〟であった、といえましょう。

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